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2009年1月6日(火) 薩谷和夫さん17回忌 薩っちゃんの大好きだったこの町で再び− 大林監督尾道次回作の構想を 「一番穏やかな古里映画になる」 |
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映画《転校生》や《さびしんぼう》など大林宣 彦監督の作品で美術監督をつとめた薩谷和夫さん の17回忌法要が4日、吉浦町、臨済宗西願寺(岡 田慈照住職)で営まれた。尾道水道がのぞめる墓 前で監督は、尾道ケーブルテレビと山陽日日新聞 社のインタビューに応え、「薩ちゃんの大好きだ った尾道を映画にしたい」と次回尾道での作品に ついて構想を語った。 [幾野伝] 1935年東京に生まれ育った薩谷和夫さん(=顔 写真)は、もとは東宝映画の社員美術監督で1977 年公開の《HOUSE/ハウス》で大林監督とプ ロデューサーの恭子夫人と出合い、独立して尾道 映画《転校生》《時をかける少女》《さぴしんぽ う》《ふたり》などをはじめ全ての劇場映画に参 加、夫妻の良きパートナーとして支えた。 尾道に滞在することが多く、帰省してくる監督 夫妻を「お帰りなさい」と出迎え、「いつかは監 督達と大好きな尾道で暮らしたい」と夢を持って いたが、1993年1月6日に57歳で急逝した。「尾 道と映画をこよなく愛し、尾道と映画を愛する人 を何よりも大切にしたー」と伝えられ、《さぴし んぽう》の舞台となった西願寺に永眠している。 墓前には、監督の文字で『尾道と映画とさっちゃ んはよく似合う』と書かれた墓碑がある。 法要には、薩谷さんと同年で助手時代を共に過 ごした東宝映画「若大将シリーズ」の小谷承靖監 督をはじめ大林夫妻、大林組の古くからのスタッ フ(尾道大林宣彦映画研究会のメンバー、市民ら 25人が出席。本堂での読経と焼香に続いて、尾道 の海が遠くに見える墓前に愛煙していた「ショー ト・ホープ」を供え、思い出話に花を咲かせなが ら、それぞれがあらためて薩谷さんが残した映画 への情熱を受け継ぐべく決意をしていた(=写真 下)。 終了後監督は、尾道ケーブルテレビと山陽日日 新聞社の取材に応え、「今日も何だか撮影をして いるような気分で、薩ちゃんが映画の現場で忙し く駈け廻っている姿が見えたような気がする」と 語り出し、「《転校生》でフリーになり、全て尾 道のみなさんから美術道具を借りて撮ったのが、 薩ちゃんと尾道との縁の始まり。周りの人がみん な二コニコして見ていられる不思議な人柄だった。 私は尾道に生まれ育ったが、薩ちゃんのお陰で知 り合った尾道の友達と今も仲良く暮らしている」 と心情を述べた。 さらに、「薩ちゃんが亡くなって、薩ちゃんが 居ない映画を17本、尾道でも2本撮っている。こ れまでの尾道映画は『ぽくの古里尾道』だったが、 古里とは近すぎる、あるいは遠すぎるところがあ った。色んな思いの中で古里と戦いつつも作って きた感がある。今度は薩ちゃんが愛した、『薩ち ゃんの尾道』を撮ってみたいなあ、とふと、今日 思った。これは多分ぽくの古里映画・尾道映画の 中で、一番穏やかな『尾道大好き』という映画に なるのではないか」と新しい尾道映画への構想に ついて初披露した。 そして、「薩ちゃんが育てた若いスタッフも立 派な映画人に成長し、薩ちゃんの映画への愛は死 なずに生き続けている」と思いを巡らせながら、 「薩ちゃんにとっても、すでに尾道は自慢の古里 になっている。尾道の海を見ながら眠り、見守っ てくれている中で、薩ちゃんの大好きだった尾道 を映画にしたいと思っている」と力強く結んだ。 |