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2008年8月29日(金) 大衆文学史の草分け 大正末期に訪れた前田曙山− 「記念碑のある尾道へ」 昨年11月子孫が散策し遺品寄贈決める |
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明治から大正期に活躍した小説家、前田曙山 (まえだ・しょざん)の子孫から、尾道市のおの みち文学の館(東土堂町)に資料の寄贈があった。 千光寺公園、文学のこみちに同氏の碑があること から実現したもので、市文化振興課では11月半ば から同館で公開する予定。 [幾野伝] 前田曙山(本名・次郎)は1871(明治4)年、 東京・日本橋馬喰町の生まれ。兄の影響で文学へ の目が開かれ、硯友社(けんゆうしゃ)の同人と して1891(明治24)年に「江戸楼」で文壇デビュ ー。編集記者として活躍するかたわら次々作品を 発表、初期の代表作「蝗うり」は悲惨小説という 時代機運の一翼を担い高く評価された。 園芸方面でも活躍し、「高山植物叢書」なども 残し、関東大震災後に大阪朝日新聞に「燃ゆる渦 巻」を連載、大衆作家としての地位を確立。続い て「落花の舞」を発表、2作とも「幕末の動乱期 を舞台にした通俗的興味に徹した作品」で、映画 や芝居で再現されるなど反響が大きかったと伝え られる。大衆文学史の草分けとして大きな功績を 残したと言われ、1941(昭和16)年に71歳で他界 した。 大正末期に夫人同伴で春の尾道を訪れており、 「浜焼きをむしりつゝ春惜しむな里」の句を残し ている。文学のこみちではロープウェイ山頂駅側 から2番目の作品で文学碑が立つ。 曙山の孫にあたる前田みなみさんが昨年11月、 尾道を訪ね歩き、文学碑があり、さらに文学記念 館でゆかりの作家が継承されていることを知り、 同氏の遺品を「尾道の文学振興に役立ててほしい」 と今年2月に寄贈が決まったもの。 代表作の「落下の舞」や「燃ゆる渦巻」(=写 真左)、「にごり水」、「四季の園芸」、「趣味 の野草」など書籍22冊をはじめ、自身が句、歌を したためた掛け軸や短冊、写真(=写真右)、画 家鏑木清方から届いた年賀状など合わせて135 点にのぽる。 担当の市文化振興課では、同じ時期に活躍した 作家行友李風の特別展に併せて、11月中旬から文 学の館で資料を公開する予定。 |