2008年7月15日(火)
JCは「感無量」
祇園さん、故郷常称寺へ帰る
 三体神輿139年ぶり常称寺入山
  尾道門中時宗院八か寺が出迎え
神輿渡御
(既報)祇園さんと時宗常称寺の歴史的な掘り起
こしに併せ、祇園さんの三体神輿を故郷である常
称寺へ里帰りさせるという歴史的瞬間が、12日
(土)の祇園祭当日に繰り広げられ、139年ぶ
りの神と仏の再会劇に立ち会おうと、多くの参詣
客が詰め掛けた。
 午後6時、定刻通り久保新開の八坂神社(永井
伸彦宮司)を出発した三体神輿は、ヨイヤサーノ
ヨイヤサーの掛け声勇ましく、祇園さんの紋所を
刻む常称寺大門前へ揃い踏みし、川崎誠住職以下、
尾道門中時宗8カ寺の僧侶9人(市外からは福山
市鞆より本願寺、三原市より観音寺の住職が参列)
がこれを出迎えた。
 担ぎ手を代表して佐々木智朗統括責任者(三体
みこし保存会会長)が、「常称寺建造物が国の重
要文化財に指定された事を寿ぎ、加えて、大門修
復の無事成就を守護すべく、祇園牛頭天王(ごず
てんのう・祇園さんの主祭神)、139年ぶりに
帰って参りました」と口上を奏上、川崎住職以下
時宗尾道門中の先導の下、一巴から順に大門をく
ぐり、線路北側に位置する境内本堂前へ担ぎ入れ
られた。
 本堂前に安置された三体神輿に対して、住職一
同が二礼二拍手一拝の神式拝礼をし、川崎住職が
「祇園社の大神様、よくお戻り下さいました。時
宗常称寺に祀られし由縁を偲び、時宗尾道門中8
カ寺により、御神前に般若心経を捧げ奉ります」
と述べ、荻野義正・正念寺住職の先導によって般
若心経三巻が高らかに読経された。
 読経の最中、神社側の毛利・猪野両副総代、佐
々木統括責任者が御本尊・阿弥陀如来に焼香、続
いて担ぎ手一同が本尊に合掌礼拝をするなど、ま
さに時を超えて神仏習合時代さながらの仏式によ
る儀礼が厳かに執り行われた。
 南無阿弥陀仏の念仏がこだまするなか、川崎住
職が三体神輿前へ進み出、「それではこれより尾
道町の災厄を退けるべく、三体廻しへご出立下さ
い」とお見送りの辞を述べ、時宗尾道門中による
念仏に見送られながら、江戸時代に同じく三体神
輿が常称寺を出発し、各町内を練って廻し場の渡
し場へ向かった。
 渡し場もメモリアルな祇園祭とあって、例年に
増して多くの見物客が詰めかけ、タイムトライア
ルによる勇壮な神輿の競い合いが、神の幟の下で
繰り広けられた。
 今年の一番付け(1位のタイム)は三巴・一宮
神社(古くは土堂町によって担われた)で、タイ
ムトライアル史上始まって以来の最速タイムを叩
き出した。
 競技の後、伝統の三体廻しが行われ、歴史的な
祇園祭の有終の美がここに飾られた。
 佐々木統括責任者は、「全員が初めて経験する
事であったにも関わらず、まるで恒例の行事の様
にスムーズに執行する事が出来ました。復活する
以上、一過性で終わらせるなという声が開催前か
ら多く寄せられていましたが、今回の大成功が継
続への大きな弾みとなった事は間違いありません。
具体的な事は現段階ではまだ何とも言えませんが、
来年以降も祇園さんと常称寺の交わり合いを続け
ていくという事だけは、声高らかに宣言させて頂
きます」と、興奮冷めやらぬ表情で語った。
 JCサイドで今回の歴史的瞬間を取り仕切った
萩原功社会開発委員長は、「とにかく皆さんのご
賛同・ご協力のお陰、ただただその一言です。J
C的には昭和53年に先輩方が復活させて以来の大
きな節目になったかと思うと、感無量の気持ちで
一杯です」と目頭を熱くしながら心底感動に浸っ
ていた。
 迎え入れた川崎住職は、「三体神輿をお迎え出
来た事は大変嬉しかったです。寺の歴史において
も大変意義深いものになったと思います。神社側
と協働・連携して、地域を元気に奮い立たせる事
が出来れば」と、今後の展開に期待を込めていた。
 里帰りの背景を紹介する「祇園さんと時宗常称
寺」展は20日(日)まで本通りの街かど文化館に
て開催中(木曜休館)。
 ※写真上=大門前で川崎住職に佐々木統括責任
者が帰還の旨を奏上、中=大門へ入る神輿(以上、
赤田洋茂氏撮影)、下=渡し場での三体廻し。



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