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2011年3月15日(火) 久保亀山八幡宮資料整理レポート 明治時代の尾道方言 尾道学研究会古文書担当 半田 堅二 |
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其阿弥作大太刀の発見に沸く久保亀山八幡宮の 資料整理事業では、和本と共に予想以上の分量が 確認された古文書の解読作業が、尾道学研究会の 古文書担当・半田堅二さんの手によって着々と進 められているが、その内に、明治時代における尾 道の方言を記録した文書が発見された。半田さん によるその解読レポートをお届けする。 八幡宮文書は相当な量で、全ての解読には当分 の時間がかかりそうですが、その中で明治時代の 「尾道方言」が採集されたものがあり、文書は短 いながらもこれはなかなか珍しく面白いので、一 番に解読を試み、その速報(解読の現代語訳)を ご紹介したいと思います。 尾道方言 ■から=所為..(用例)老人が云うには、目が 霞みますが年の「から」でありましょう。足が痛 みますが、出雲参りの旅行の「から」でありまし ょう。 ■だんだん=厚くと言う..(用例)厚く忝し厚 く有難しこれを、だんだん忝し、だんだん有難し と云うを、只単にたんたんとのみ云う、謝礼の言 なり。 ■かた一ツほう=片方..(用例)当家には、若 夫婦は如何と、問いに答えて云う。かた一ツほう は広島へ行き、かた一ツほうは子供を連れて浄土 寺へゆきてあり升。或いは倅は広島へ行き、かた 一ツほうは−とも云う。 ■ようござんせん=他人の意の達せざるを謝す る時云う..(用例)雑貨店に到り、子供の帽子有 否と問うに答えて、生憎売り切れました、ようご ざんせんのう。又他人の不幸を慰むる時云う一種 の用法あり。 ■がいよう=ぐ合よくの訛り。 ■いってくる=往って還る。社寺へ参詣するに も、大体は皆いってくると云う。 ■もんでござんす=故の訛乎..(用例)倅はま だ伏せて居ります。余り夜遅くまで遊ぶもんでご ざんす。嫁は泊まりに行ってまだ帰りません。こ れの人がやかましいものでござんす。 ■おいとく 聞とく見とく..他日に供(利用) するの意もなきに、見る聞くと言うべきに、とく と付ける也。とくは置くの訛乎。おいとくは重複 也。 ■お隣り お向ひ..自家の隣を自身自ら、御隣 と云う。おむかいも同じ。この言は、上下相通し 全市相同。 以上、明治四十一年十一月吉日 続いて文書には、「老人ノロ、老碑のつたふる ところ」として、足利尊氏絡みの興味深い言い伝 えを記しています。 尾道では○まんじゅうと○産■者ハ あかぬと ふるくよりいひつたえます うすかわ饅頭 薯 蕷饅頭 唐饅頭等ハ例外なるべし あかぬと とは不行と言ト同 オコナハレズ 行 メグル 尊氏が浄土寺より九州攻めに出陣する時、御前 に饗された饅頭を見て、饅頭は戦死者の頭(首) になぞらえられ、帰陣の後にその御霊を慰める時 の品(お供え)であるから取り下げよと命じられ た。故に饅頭は「あかぬ」=「よろしくない」と 伝えるとしています。しかし、うすかわ饅頭ほか 幾つかの饅頭は例外と書いているのは、饅頭屋さ んへの配慮でしょうか?。 方言から飛んで尊氏にまつわる知られざる伝説 が出て来るとは思いもしませんでした。 引き続き解読を進め、また皆さんにご報告させ て頂きたいと思います。 |