2010年9月22日(水)
惜別 小林桂樹さん
大林宣彦監督、映画同人として生きる
 平凡な人普通の美しさ演じる
   『あの、夏の日〜』で尾道に40日
「あの、夏の日〜とんでろ じいちゃん」撮影風景
 俳優、小林桂樹さんが亡くなった。全編を通じ
て尾道で撮影された大林宣彦監督の映画『あの、
夏の日〜とんでろじいちゃん』で1998年夏に40日
間、滞在した。当時撮影に関わった人達はみな、
「映画俳優らしい俳優さんだった」と口を揃える。
大林監督に惜別の一文を寄せて戴いた。公開当時
75歳だった小林さんは、「やっと私にも主演映画
が出来ました−」と静かに語ったことを思い出す。
同作は晩年の代表作となった。監督による追悼文
は20日付けの読売新聞、日本経済新聞(22日付け
予定)にも掲載されている。    [幾野伝]

 「小林桂樹さんが現場にいらつしゃるから、日
本映画はまだまだ大丈夫だと安心して頂けるよう
な撮影現場にしよう」と若いスタップに号令をか
けた。桂樹さんは撮影所の時代の俳優さん。撮影
所が力を無くしてから、映画はすっかり様変わり
した。かつての日本映画の「力」と「美しさ」は
確かに失われた。それを桂樹さん達古い俳優さん
はとても悲しんでらした。
 その夏、尾道で撮影される『あの、夏の日〜と
んでろじいちゃん』は、小林桂樹さんを主演に迎
えての作品である。いまどき流行りの監督をはじ
め、みんながモニターを覗いて俳優さんに尻向け
て「ヨーイ、スタート」なんてそんな失礼を行っ
てはならぬ。僕も古い人間だから、「俳優の演技
は肉眼で見よ」とモニターなどは使わない、がそ
んな監督はとうとう僕ひとりになっちゃった。
 僕にとっても小林桂樹さんとの仕事は、自身の
映画作りを再確認する作業である。小林桂樹とい
えば、成瀬巳喜男、黒澤明、そして岡本喜八監督
など、東宝撮影所の名匠達との仕事を思い出す。
 この人はスターでありながらおよそスターらし
からぬ、平凡な普通の人がよく似合った。サラリ
ーマン役など演じるには最も難しい役であるのだ
が、桂樹さんはどう見てもサラリーマンそのもの。
それがこの人の持ち味で、普通のことの美しさを
こそ映画で演じ、語り続けた。
 『名もなく貧しく美しく』や日本庶民の代表た
るサラリーマンものの傑作『江分利満氏の優雅な
生活』、あの裸の大将こと山下清さんの伝記映画
の好演など、桂樹さんがこの天才画家の奇行を、
童心を宿す普通の人として演じた成果だろう。僕
のベストは、群馬交響楽団誕生の神話たる『ここ
に泉あり』のマネージャーさん役。桂樹さんの人
格がそのまま映画と劇中の交響楽団の人格となっ
ていく凄さ、これは映画の奇跡でこそありました
ね。

「僕は撮り直すのを止めた」
 『あの、夏の日〜』への出演は、桂樹さんの夏
休みのスケジュールをそっくり戴いてのもの。役
柄はもうボケ始めて、すっかり童心に戻ったおじ
いちゃん。そのおじいちゃんが空を飛んで昔の恋
人(宮崎あおいのデビュー)に会いに行く。千光
寺山の現場などにも桂樹さんは率先して登る。衣
装やメイクが乱れぬよう、早朝から汗をかかぬよ
うゆっくり登られる。そしてにこにこみんなを待
っておられる。これぞ映画の嗜み。若い俳優さん
達は勉強になるよねぇ。
 シナリオは百回以上は読みなさい、セリフは全
部体に染み込ませて現場では台本など見ないこと。
役者の失敗でNGなど出すのは恥ずべきことなり。
一度、演技のOKを出した後で空の光線の具合が
とても良くなったので、「もう1度いきましょう」
というと桂樹さん、まことに悲しそうなお顔で
「わたしの故ですか!」。「いやいや光線が..」。
それでもやっぱり悲しそう。さっきの一度の演技
に桂樹さん、全力でかけられたのだ。
 空の光線より人間の一所懸命が映画を作るので
す。僕は撮り直すのを止めた。映像物語ではない
ぞ、これは映画だ。
 折角の夏休みだから、と恭子プロデューサーが
三日間の休みと温泉を用意した。桂樹さんはマネ
ージャーの妹さんと嬉しそうに出掛けられたが一
晩にてお帰りに。後はホテルの部屋に龍もって、
尾道弁のお勉強。この映画で桂樹さんは演技賞
(毎日映画コンクール男優主演賞)も受賞され、
晩年の代表作になったのは嬉しかった。
 その後も信州・上田にロケし年間最優秀賞のテ
レビ作品『告別』、二〇〇七年に予定してロケ地
熊本の豪雨でやむなく中止した企画などがあった。
僕のパーティーでは発起人スピーチをかなり緊張
して行って下さったし、老年の断念の、恋愛映画
を撮りましょうとの約束もあった。先年妹さんを
亡くされ、その後は娘さんとチームを組んでいら
した。静かに普通の人としてこの時を迎えられた。
 「おじいちゃん、死ぬってどういうことなの?」
と、『あの、夏の日〜』の最後に孫が聞く。桂樹
さんのおじいちゃんは応える。「さあのう、わし
も死んだことがないけえ分からんぞ。じゃが生き
とった時のことならよう分かる。ええ人生じゃっ
た。・・・」。
 小林桂樹さんお疲れ様でした。ゆっくりお休み
下さい。またお逢いする時は、楽しく映画の話を
いたしましょう。有難うございました。
               (九月十九日記)



ニュース・メニューへ戻る