2010年5月9日(日)
故上山英一郎氏
除虫菊神社創建80周年祝う
 除虫菊生みの親を顕彰
  明治から昭和にかけ瀬戸内で栽培
神社に玉串を奉奠
除虫菊神社の祠
 蚊取り線香や殺虫剤の原料として使われていた
「除虫菊」の種を海外から持ち帰り、瀬戸内の島
々で栽培し普及させた大日本除虫菊(金鳥)創業
者、故上山英一郎氏を祀る祭典が8日午前10時か
ら向島町名郷丸、亀森八幡神社(吉原典孝宮司)
境内の除虫菊神社で執り行われた。除虫菊神社が
創建され今年で80周年の節目の年で大日本除虫菊
の上山英介会長らが臨席し創業者の遺徳を偲んだ。
 創建80周年記念の祭典には大日本除虫菊から上
山英介会長や直英社長、久史専務と会社の一族首
脳らが勢揃い、地元からは生産者の除虫菊協同組
合、卸問屋役員の子孫、因島の除虫菊栽培農家や
行政関係者や千光寺住職ら関係者約30人が出席し
た。
 除虫菊神社には満開の除虫菊が供えられ、吉原
宮司が故英一郎氏の偉業を讃え、大日本除虫菊の
隆盛を祈り祝詞をあげた。英介会長ら関係者が次
々と玉串を捧げ、祭典を終えた。
 アトラクションとして神楽殿で地元の有道龍王
子ども太鼓が勇壮なバチ捌きを披露した。
 英介会長(72)は「会社が創業し125年周年、
鳥のマークの商標を使い始めて100周年、除虫
菊神社が創建され80周年とトリプルのおめでたい
年を迎えました。故英一郎は生前に神様に祀られ
ました。地元のみなさんに支えられ、80年間祭典
が続けられ、感謝の気持ちで一杯です」とお礼を
述べていた。
 「私は昭和35年、大学を出て金鳥に入り、尾道
に除虫菊を買い付けにきました。それから神社の
改修など度々訪れていますが来るたびに先祖を思
い出し会社の原点をみる思いです。尾道はいつ来
ても気持ちがやすらぎます」と感想を語っていた。
 創業者の故英一郎氏は古里、和歌山に続いて瀬
戸内に除虫菊の種を植えたのが創業から5年後の
1890年(明治23年)。蚊取り線香やノミ取り粉な
ど殺虫剤の原料として瀬戸内の島々の農家で栽培
され、初夏になると段々畑は一面、真つ白なじゅ
うたんを敷いたように美しく咲き誇り戦後40年代
まで季節の風物詩として親しまれた。第二次世界
大戦が始まるまでは除虫菊は日本の独壇場でアメ
リカをはじめ海外に殺虫剤として輸出、主要産業
の一翼を担っていた。
 戦後、化学殺虫剤の開発で除虫菊は使われなく
なり、現在は観光用として尾道千光寺公園と因島
重井の2ヵ所だけとなった。
 地元に多大な貢献をした故英一郎氏を顕彰する
ため、まだ存命だった1930年(昭和5年)、除虫
菊神社を建立、故英一郎氏の写真、鏡、日本刀を
安置している。以来毎年祭典がおこなわれ今年で
80周年を迎えた。
 千光寺参道には故英一郎氏のレリーフをはめこ
んだ「除虫菊発祥之碑」を建てて功績を伝えてい
る。
 大日本除虫菊が尾道市に650万円を寄付して
整備した千光寺公園内の除虫菊畑は今年も花を咲
かせている。
 【写真上は玉串を奉奠する英介会長。下は除虫
菊神社】。



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