2010年3月19日(金)
秋吉久美子さん
 『革命の導火線』に火を
  女優でなく本名の私を「大林さんは特別な監督」
挨拶する秋吉さん(写真は極端に縮小してあります)
 (続報)大林宣彦監督の受章祝賀会に出席した
方々のお祝いの言葉を紹介していきます。映画
《異人たちとの夏》(88年)などに出演している
女優、秋吉久美子さん(=写真)は、「監督が描
く女性像は恭子夫人へのオマージュである」と分
析してみせた。           [幾野伝]

 私にとって大林監督は、とても特別な監督です。
デビューのあり方も含め、「幼児性」とか「自由
奔放」とか、「生意気」とか「勝手」とか、いろ
いろ言われている私に、ホームドラマ的な映画
《異人たちとの夏》のお話を下さいました。
 脚本を読んだ時にはどうすれば良いのか、監督
は何でもないお母さんの役をなぜ私に下さったの
か分からず、どのように取り掛かれば良いか、本
当に迷いました。
 監督から「この役は君にしか出来ないから−」
と励ましのお手紙を頂きましたが、それでも分か
りませんでした。
 それで不安なままスタジオに入ったら、四畳半
の昭和の狭い部屋があって、あっという間に自分
がどういう役をやれば良いのか、台詞のリズムか
ら動き、どんな顔をするのかが分かりました。ま
るで丘に揚げられていたメダカが、また小川に戻
されたような、泳ぎ方が改めて分かったような気
がしました。
 《淀川長治物語・神戸篇サイナラ》でも、とて
も地味なお母さん役をやらせて頂き、この時もな
ぜ私がこの役なのかと初めは思いました。でも、
撮影のセットに入って座っていたら、中学生の時
の家庭科の授業を思い出した。私は颯爽とニンジ
ンを切る担当でもなく、張り切って盛りつける係
りでもなく、地味にジャガイモを洗って、使い終
わった食器を洗っていたなあと。その瞬間から、
淀川長治さんのお母さんの役が半分体感出来た気
がしました。
 テレビドラマ《可愛い悪魔》でも、精神病院に
入れられる被害者の役でした。大林監督が下さる
役は、何か女優としての私ではなく、「本能」と
いうか、元々私の中に眠っていた地方公務員の娘
である、庶民性の中の「本名の私」が出てくるよ
うな役をあてがって下さる。
 その中で私が私を、もう一回体感していくよう
な経験をさせて下さり、やはり特別な監督です。
自分の中の小さな小さな「革命の導火線」に火を
つけて下さる監督さん。
 恭子さんとは大学時代の親友で、ガールフレン
ドとボーイフレンドから結婚なさったことは存じ
上げていたが、私が出合った頃の監督はもう髭を
たくわえていらっしゃり、山男のような、三時間
しか寝ないナポレオンのような、急にピアノを弾
き出してしまうような、そういう方だった。
 若い時は本当に、とてもとても繊細な映画青年
だったことがよく分かります。
 監督は女優の突き抜けた透明感、硬質な美しさ
を出して下さる。これは監督と恭子さんとの関係
が上手くいっているからなんだと、今日気付いた。
恭子さんに対するオマージュとも言える。もし、
監督の中で女性(恭子さん)が素敵じゃなかった
ら、あの独特な女性像は描けなかったと思います。
 子供の時に熱を出したら、母親がりんごを擂っ
て手ぬぐいできゅっと絞ったジュースを飲ませて
くれたような人間愛、温かさ、のどごしの良さみ
たいなものをお撮りになっていらっしゃったと思
います。
 「次の映画はまーあだかい?」ということです
が、「もういいよ!」となった時には、また何か
の役で参加させて下さい。



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