2007年5月10日(木)
亀森八幡神社
原産地、セルビアと親善を深める
 除虫菊生みの親を偲ぶ
  金鳥創業者蚊取り線香、殺虫剤開発
神事の様子
 蚊取り線香や殺虫剤の原料として瀬戸内の島々
で栽培していた「除虫菊」の種をアメリカから持
ち帰り普及させた大日本除虫菊創業者、故上山英
一郎氏を祀る祭典が8日、向島町名郷丸、亀森八
幡神社(吉原典孝宮司)で執り行われ、遺徳を偲
んだ。
 亀森八幡神社境内にある上山氏を祀った除虫菊
神社で祭典がおこなわれ、満開の除虫菊や鯛、米
など海、山の幸が供えられ、吉原宮司が上山氏の
偉業を讃え、大日本除虫菊(金鳥)の隆盛を祈り祝
詞をあげた。
 毎年、祭典に列席している孫にあたる上山久史
大日本除虫菊専務=写真=、森重彰文市立美術館
長、県除虫菊協同組合、卸問屋役員の子孫ら20人
が次々に玉串を供えた。
 大日本除虫菊が創業以来、交流を続け絆を深め
ている除虫菊の原産地、セルビア・モンテネグロ
(旧ユーゴスラビア)の日本セルビア協会、浜田靖
子副会長も祭典に列席した。創業者の英一郎氏が
名誉総領事、子どもの勘太郎氏が副総領事、孫の
直英社長がセルビアの総領事に任命され、除虫菊
を通して今なお国際親善につとめている。
 英一郎氏は故郷、和歌山に続いて瀬戸内に除虫
菊を植えたのが1890年(明治23年)で117年前。
蚊取り線香や殺虫剤の原料として栽培され初夏、
瀬戸内の段々畑は一面、真っ白な絨毯を敷きつめ
たように美しく咲き誇り、戦後まで季節の風物詩
として親しまれてきた。
 化学殺虫剤の開発で除虫菊は使われなくなり、
現在は観光用に千光寺公園と因島の2か所だけに
なった。
 創業者、英一郎氏を顕彰するため、まだ存命だ
った1930年(昭和5年)、亀森八幡神社に日本刀、
写真、鏡を安置した除虫菊神社を建立。以来毎年、
祭典がおこなわれ今年で77回目を迎えた。



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