2007年3月20日(火)
池田武邦さん
「もう、我々の過ち繰り返さないで」
 鞆は21世紀最先端の町
  『超高層』の権威が自省込め語る
 (続報)日本で初めての高層ビル「霞ヶ関ビル」
をはじめ経済成長のシンボルともなった超高層ビ
ルの黎明期を築き、近年では長崎の環境都市ハウ
ステンボスを手掛けた日本建築家協会名誉会員の
池田武邦・(株)日本設計名誉会長(83)。その超
高層の権威が今は長崎県の茅葺き民家に暮らして
いる。「鞆の浦住民の会」を支援する記者会見の
中で、戦後自らが信じて行ってきた開発一辺倒の
「文明型都市計画」の失敗と反省を込めながら、
鞆の浦への強い思いを次のように語った。
                 [幾野伝]

 私は大正13年生まれで、少年時代は昭和初期、
日本中どこでも蛍はいたしメダカはいたし、鷹も
いたしハヤプサもいた。今と比べて、日本は美し
かったとつくづく思う。
 車などなく、せいぜい人力車だった。今私は田
舎に住んでいるが、各家には車が2台から3台あ
る。とても便利になったが、田舎でありながらも
うメダカはいない、蛍もいない、とても寂しい日
本になってしまった。
 戦争を体験したが、文明が進んでいる方が絶対
に強い。だから戦後の復興のために私は建築の世
界に入って、何とか日本が文明を進めて近代的な
国家にならなくてはいけないと思って、霞ヶ関ビ
ルや京王プラザホテル、新宿三井ビルというよう
な超高層ビルに取り組んできた。
 車の第一優先で 殺伐たる風景に
 しかしそんな東京を作ってみると、かつていた
蛍もメダカもいなくなり、ほんとに殺伐たる風景
になってしまった。それで都市計画をよく調べる
と、江戸も東京も長崎も全部港から発展していっ
たことが分かる。だいたい全国主な都市は港町。
戦後近代化を進めた日本は車社会になって、すっ
かり逆転して車に便利な都市計画をやってしまっ
た。いかに車を便利に走らせることによって経済
的、機能的にできるかと...。
 私自身も車を第一優先に考えていた。ところが、
その結果は見ての通り。今までなかった色んな病
気が発生し、事故が起こったり、空気が悪くなっ
たり、自然環境はどんどん壊れていった。そして
自然を壊すと人間の心までも壊れる。つまり一体
のものだとよく分かる。文明が発達すればするほ
ど目先の経済は豊かになり、便利にはなるが、し
かしこれは永続しない。我々の孫の時代にはどう
なるか。世界中で食糧問題や病気の問題が発生し
ている。それは人間は自然の一部であり、自然に
よって生かされているという日本の古来からある
自然を神とする文化を疎かにして便利さばかり追
いかけて来たためであり、心が病み、都市も混乱
に陥っている。
今も生きた唯一の港町
 ところが鞆の浦は日本で唯一、江戸時代の港が
残った町。あらゆる日本の港湾は近代化でコンク
リートの護岸をして大きな船が着くようにした。
堤防もコンクリート。自然のままの地形を活かし
た鞆が今も生きている唯一の港町。道も狭いまま。
ところがそれが21世紀は最先端の、最高の都市と
なる素材を備えている。
 たしかに車社会に照らせば非常に不便。だけど
本来の町にある姿、港を中心とした島国日本の町
の原点は鞆の浦に生きている。京都よりもはるか
に歴史と価値を持った現在も生きている町である。
鞆を21世紀の町として生かしていきたい。そのた
めには絶対に港を埋め立てたり、橋を架けてはダ
メ。
 行政も地元も、橋が架かれば近代化して町が発
展すると思い込んでいる。きっと町を良くしよう
と思ってのことだろうが、それはもう過去のやり
方。21世紀は鞆こそこれからの町づくりのモデル
になる素材を持っており、それを20世紀の車を中
心にした都市計画で壊しては絶対にいけない。
 あの小さい町にお寺が三十何軒かあり、南北朝
時代の遺跡もたくさん残っている。京都でさえ変
貌しているが、鞆の浦は世界に誇れる資質を持っ
ている。行政の鞆を良くしようという気持ちは本
当に分かるが、手段を誤らないでほしいとつくづ
く思う。
近代化、その道 根本から間違い
 20世紀の価値観の延長ではなく、21世紀の価値
観で考える。便利でただ車社会に適した町づくり
で、我々がやってきた過ちをもうこれ以上繰り返
さないでほしい。
 私は戦後超高層ビルぱかりやってきて、自分で
50階に入って、理想的な環境だと思っていた。と
ころがある冬に、雪が降っていることに気付かず
仕事をしていて、夕方下に降りてその積雪にびっ
くりした。思わず吹雪の中に飛び出したら、何と
も言えない安らぎを感じた。人間は自然の一部な
んだとつくづく分かった。
 エアコンがあれば温度も湿度も管理され肉体的
には楽だが、精神的には知らないうちにストレス
がかかっていることを自分で体験した。近代化を
進めて来たその道が根本から間違いだったとその
時気付いて、私は都市の見方、建築に対しての考
え方が180度変わった。そういう目で鞆を見る
と、まさに21世紀の最先端を行く町である。



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