2007年3月18日(日)
『鞆の浦』支援第二弾
 大林監督「賛成×反対ではなく」
  未来の子供達のため学びの場に
 広島県と福山市が計画を進めている埋め立て架
橋建設に反対し、山側トンネルなど他の方策を提
案する「鞆の世界遺産実現と活力あるまちづくり
をめざす住民の会」を支援する全国組織が16日設
立され、東京・霞ヶ関の東京弁護士会館で記者会
見が開かれた。支援する会の呼びかけ人、日本建
築学会名誉会員の池田武邦・(株)日本設計名誉会
長、映画作家の大林宣彦監督らが「21世紀の日本
の町のモデルになり得る、世界に誇れる鞆の浦を
誤った手段で壊さないでほしい」と訴えた。
                 [幾野伝]

 8人の呼びかけ人のうち、池田氏、大林監督と
並んで伊東孝・日本大学教授と前野まさる・東京
藝術大学名誉教授が出席、地元鞆の浦からは住民
の会の中心メンバー、「鞆を愛する会」の大井幹
雄代表幹事と「鞆まちづくり工房」の松居秀子代
表が駆け付けた。ことあるたぴに鞆の浦と古里尾
道について語っている毛利和雄・NHK解説委員
(長江出身)も取材陣として参加した。
 長く鞆を研究調査している伊東、前野両教授は
鞆の歴史とこれまでの住民活動を振り返りながら、
「町並みだけでなく、江戸時代の歴史的港湾施設
が残るのは日本で唯一で、世界に誇れる港町であ
る。地元だけに任せるのではなく、日本全体、世
界の問題である」と専門家の立場から事の重大さ
を強調した。
 大林監督は「今日はむしろ静かに穏やかに、そ
して楽しく話し、考えていきたい」と語り始め、
「映画を3本撮らせてもらった鞆は自慢の海の里。
子供達に可哀想なことをしたという思いが強い時
代だけに、せめて鞆の海は子供達のために残して
おいてやることが現代の大人、親の務め
であり義務である」と心境を述べた。
 「このたび古都保存法の40周年を記念して、私
の古里尾道と友人の町鞆の浦が並んで『美しい日
本の歴史的風土100選』に選ぱれたことはとても嬉
しかった」と古都保存法施行のきっかけとなった
1960年代の鎌倉で繰り広げられた宅地開発反対運
動の人間的な解決方法を紹介。「その市民運動が
もとで初めて法という形で成立したのが古都保存
法であり、その『精神』が選んだ鞆ですから、そ
の海に手を付けてはいけない」と語気を強め次の
ように続けた。
 現在の私の生活から車を取り上げられると正直
困る。車社会である以上、道は広い方がよいとい
う考えが悪いとは言えない。しかし行き過ぎた文
明は人間を滅ぼすという警句がある。どうやら行
き過ぎた文明のために自分達の身を滅ぼしつつあ
る、他の生き物の生命も疎かにしていると気付き
始めたこの時期、優れた文明という道具をいかに
上手に使うかという文化に学ぱなくてはならない。
そういう意味で鞆の架橋の賛成、反対は、どちら
も町が幸せになりたいと願う心から出たことだが、
文明の側から考えられる利便性や豊かさと、文化
の側から守らぬぱならないものとが、車の両輪の
ように考えられなければならない。
 20世紀に発達するだけ発達してどうかすると戦
争を始め、物を壊すことにも役立って来た文明を
21世紀は上手に使って暮らしに活かさなくてはな
らない。スクラップ&ビルドではなくメンテナン
スの時代がきており、車社会の利便性や速さ、経
済の活性化をもう一度考えてみることが大切であ
る。そしてその考えを豊かにしてくれるのが鞆の
港である。
 温故知新を学ぶためにも、せっかくここまで残
って来た鞆の浦を守らなくてはならない。以前、
100年前に描かれた鞆の風景画を見て感動した
ことがあるが、100年後の子供達にとって今の
鞆の港は私が感動したのと同じように素晴らしい
港だ、よくご先祖様は残してくれたねと感謝して
もらえる港町になると思う。
 私は反対とも賛成とも言いません。むしろ皆さ
んにこれを機会に日本の大切なことを考えるチャ
ンスにしましょうと言いたい。今を生きる私たち
にとってよりも、未来の子供達にとってもっと大
切なものがあるのではないか。スローライフ、オ
ンリーワンの時代である。せっかくここまで残っ
た鞆の港。景観だけの問題ではなく、人の言葉、
願い、祈り、怯えをこそ、ここでゆっくり考える
ことが、美しい日本の再生の最後のチャンスであ
る。
 ノスタルジーの、過去の景観を守るということ
を超えて、明日のためにお互いが楽しく、一所懸
命語り合うことが大事。鞆の皆さんにはご不自由
もご不便もお掛けするが、お願いだから大切な文
化遺産を未来の子供達のために守る努力をしてみ
ようではありませんか。ヨーロッパでは車が通れ
ない古い町は、車を入れずに皆さん歩いている。
不便だが心の中にはこの町を守り、未来に伝えて
いるんだという誇りや喜びがある。謙虚に考え直
せる学びの場、未来の資源を早急に壊してしまう
のは本当にもったいない。

 超高層ビル生みの親語る
 20世紀の高度経済成長期、霞ヶ関ビルをはじめ
超高層建築を手掛けてきた池田武邦氏(長崎県)
は、「建築の近代化は人の心と自然を壊し、都市
が病んでしまう結果になり、間違いであった」と
自省を込めて語り、「鞆の浦は21世紀の最先端を
いく町の素材をまだ備えている。手段を誤らない
でほしい」と訴えた。
[池田氏が語った内容は後日詳しく紹介します]。



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