2006年12月15日(金)
会議所記念館で
 豪商の町「銀」の積出港の歴史を
  偶然にも貴重な古文書の出現も
銀を量る道具
 土堂1丁目本通り商店街、尾道商業会議所記念
館の1階展示室で、企画展「豪商の町尾道」が開
かれている。商都尾道を支えた豪商の成り立ちを
パネルや写真で解説、特に来年にも世界遺産に登
録される見込みの「石見銀山」との関わりにスポ
ットを当てている。
 1169年に備後国の大田庄倉敷地指定を受け天然
の良港として栄えた第一期、1800年代の北前船全
盛の第二期、明治から大正の第三期にわたる尾道
黄金期についての解説パネルをはじめ、1821年に
描かれた江戸時代の尾道町割図、「石見銀山」の
積出港については、「銀は毎年10、11月に、尾道
を経由して大坂の銀座に運ぱれ、銀貨に加工され
た」、「尾道に信頼のおける豪商がいたから、銀
が安全に大坂に運ぱれていた」などと解説してい
る。
 1878年に豪商が設立した第六十六国立銀行の写
真パネル、銀本位制だった西日本の商人がいつも
持ち歩いていた携帯用の銀秤(ぎんぴょう)=写
真=、一朱銀を計っていた銀枡、豪商が使い、短
刀を入れていたこともあるキセル入れ(かます)、
銭函など個人と市所有の資料を展示している。
 タイムリーにも、独学で古文書を研究している
向島町津部田、半田堅二さん(尾道学研究会古文
書講師)が、県立文書館でたまたま尾道での銀に
関する資料に遭遇、このほどその解読文が記念館
にもたらされた。
 日記風の資料には、「御銀はつつが無く午後三
時に尾道へ着き笠岡屋の蔵へ入れ申し..」、「夜
廻りは、二人組で、八時、十二時、二時、四時、
五時に・・・」、「石州御銀は、つつが無く、午
前七時に御船へ御積み移し成され、午前十時に出
船、成されました・・」など、銀の尾道到着から
笠岡屋の蔵での一時保管と監視、警護の様子、大
坂への出船完了などが事績かに記されており、尾
道にとって貴重な資料の発見と言えそう。
 2月28日までで、記念館は入館無料、毎週木曜
日と年末年始は29日〜3日まで休み。
                 [幾野伝]

場所はこちらの「尾道商業会議所記念館」



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