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2006年8月26日(土) 寄稿 西尾公男さん 《転校生》はいかにして生まれたか.3 25年振り再会「人生の宝物」に 成り行きで理科の先生役出演も |
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映画《転校生》では、大林宣彦監督(68)と小 中高を共に過ごした同級生との偶然の再会があっ た。神戸市の西尾公男さん(68)。父親が税関職 員で文字通り″転校生″だった西尾さん。監督の 遠い記憶が、主人公(一夫)の父親の職業をひら めかせることになる。そして西尾さん自身も税関 職員として古里の尾道税関に赴任して来たちょう どその時、《転校生》の撮影がこの町で始まろう としていた。当時を思い出してもらい、西尾さん に寄稿頂いた。 [幾野伝] 25年前の昭和56年の夏に、小学2年から高校1 年迄を過ごした古里の勤務を希望して、神戸から 単身赴任して間もない尾道税関の電話が鳴った。 「もしもし、昔そちらに西尾さんと言われる方が いらしたのですが・・」。「はい? 私が西尾で すが・・」。電話は大林組の助監督からだった。 受話器の向こうで「信じられない! 監督、今尾 道に西尾さんが居られます」との声が聞こえてく る。大林さんもキツネにつままれた様子。暫くし て聞き覚えのある、懐かしい声で「西尾君?」と、 それが25年前に東京で別れて以来音信が取れなか った中学・高校を通じての親友の声であった。 電話での話しの主旨は「今度尾道で、《転校生》 って映画を撮るんだけれど、主役の転校生の親の 職業を決める打合せをしているところなんだ。ふ と思いついたのが転勤の多い公務員ということと、 実際に君が転校生として尾道に来たのがダブって、 助監督に電話してもらったと言う訳さ」。「不思 議な縁だね、10日程前に赴任して来たばかりだよ」 と私。「美味しんぼうで交遊がある宍戸錠さんが 父親役なんだ」。「税関の制服が必要ならば、宍 戸さんの頭のサイズなど知らせて下さい、用意し て待っているから」と再会を楽しみにひとまず電 話を切った。 大林夫妻の情熱と熱意 早速、私は当局に協力を要請したが、「品位を 汚す映画かどうかを判断するので、先ず脚本を送 れ」と、さすがと云うか美事に堅苦しい事を言う。 それでは間に合わないので、映画の大好きな先輩 が物品管理の部署に居るのを思い出し、直接訳を 話したところ、「君の友人のためなら、私の責任 で送るから」と粋な計らいで一件落着した。 スタッフがやって来たが、やや元気がない。聞 くと先の当局と同じ理由で、スポンサーが降板し たと言う。当時はまだまだ事物に関しての判断が 古い規範から抜け出せない時代であった。しかし ながら、再会を果たした大林夫妻の映画文化に対 する情熱と、この映画製作に懸ける熱意は不動で あったので、安心したものだ。 カブトガニ登場の秘話 そんな中で、私は古里の海にも再会し、子供の 頃親しんだ瀬戸内海に潜ってみたいと思い、スキ ューバダイビングを始めていた。監督が向島の海 辺で、スタッフの激励会を開くと言う。尾道が初 めてと言うスタッフに瀬戸内の海の幸をご馳走し て元気を出してもらうため、向島の海に潜ったと ころ、なんと「たこ壷」がロープに括られたまま 横たわっているではないか。それも地元の漁師さ んが″幻のたこ壷″と呼んでいる備前焼の貴重な 物だ。壊れ易い素焼きのたこ壷に換えたものの、 引き揚げ機がまだない時代に陶器の物はあまりに も重いため実用にならず、その後作られなくなっ たのだ。「中に大きなたこが入っている!」。私 は両手にたこ壷を抱え、海の中を歩いた。たこ壷 にはカキ殻が付着して風情がある。その1つが25 年後の今も尾道の大林家の玄関に飾られている。 思い出を大切にする大林さんの人柄が忍ばれる。 ボンベにまだ酸素が残っていたので、もう一品 を探しに海に戻ると、今度はカプトガニを発見! これで美味と珍味の取り合わせ、今夜の食材は揃 った。 料理を始めようとしたところ、「これって天然 記念物でしょ! 食べるなんてとんでもない!」 とスタッフが言う。私が「カプトガニは場所指定 の天然記念物だから、指定場所以外で獲ったもの は大丈夫」と説明しても納得しない。 そうこうした中で、「これ《転校生》で使いた い」との意見が出る。気色の悪いクモ科の生物、 「触れるのは西尾さんだけだから、西尾さんが引 っさげて、その役やってよ」。お酒の勢いも手伝 って、「ヨッシャ!任せなさい」と答えてしまっ た。 自分でセリフ 本番一発OK 撮影当日、「西尾さん、ここはシナリオが無い ので、30秒程度のセリフを自作して下さい」と助 監督。シナリオなんて書いたこと無いが、北高時 代に演劇部に所属していた私を信頼してか、監督 は横でニコニコしているだけ。《転校生》の雰囲 気と品位を損なわないよう苦心して出来たのが、 次のセリフだった。 「カプトガニ、これを見付けたら湯がいて食べ ようとかヘルメットにして暴走族の仲間入りをし ないように! オスとメスの違いは、この部分が 凸っているのがメス、凹んでいるのがオス。人間 とちょっと違うんだよね。これ天然記念物、皆ん なで保護に努めようネ」。 日天芸術学部の後輩である阪本善尚・撮影監督 の前で緊張したが、リハーサル無しのぶっつけ本 番、一発でOKが出る。スタッフー同から拍手を 頂き安堵したものだ。当然ながら「映画に出演し てくれてありがとう」の言葉と共に、カプトガニ は無事海に返された。 その後も撮影現場を訪ねたが、借り受けた家庭 の草木一本を踏みつけぬよう気を配り、何事も無 かったかの様に有難うの気持ちを込めて、後片付 けを完璧にこなす大林組に敬服した。税関の制服 もクリーニングが施されて返却されたのは云うま でもない。 こうした心配りが1コマーコマの丁寧な映像と 共に、ほのぼのとした雰囲気として伝わって来る のが大林映画の良さだと私は思う。 古里で撮影された《転校生》に偶然にして参加 出来たのは「一期一会」。出会いの不思議さを感じ たもので、私の人生の宝物である。 イヤー、古里と映画と友人はいつの世も良いも のですね。 |