2006年3月12日(日)
民間でも『古いものを大切に残す』
 孔雀荘が復活して十年
  尾道人に感謝「責任果たせた」と松本さん
店の前にて
 「古いものに雑巾がけをして大切に残す(守る)」
という尾道市政の基本理念を、民間ベースで″三
原の人″が尾道で実践している。戦後尾道の文化
サロンだった画廊喫茶「孔雀荘」が復活して9日、
無事10年を迎えた。
 脱サラをして喫茶店をやりたい夢を持っていた
松本宏子さんに10年前、尾道の孔雀荘を経営した
い人を探しているというビッグニュースが飛び込
んできた。
 尾道が好きで、広島での勤め人時代からよく尾
道に遊びに来ていた松本さんは客として孔雀荘を
訪れたこともあり「あの有名な店が自分に出来る
のなら」と何の躊躇もなく、この話に飛びついた
という。
 平成8年3月9日、重田ママの亡き後、空き店
舗になっていた孔雀荘は、ステンドグラスなど当
時の外観はそのまま残し、内装を明るくして開店。
孔雀荘の復活を心から喜んだ昔の常連客(今はほ
とんどが故人)らに励まされ、「懐かしいネ」と
いう昔を知るリピーターのひと言を喜びとして10
年の区切りを無事、刻んだ。
 「とにかく10年は歯を喰いしぱってでもやりた
かった」という松本さんを陰で支えたのが、厨房
係の実姉根来尚子さん。松本さんは実家のある三
原から今も通っている。
 「織田恭一さん、平松祐子さんそれに石田克彦
美術協会長ら皆さんが孔雀荘を気にかけていただ
き、第一回の個展はご近所の前川里子さんでした。
駅に近いので福山のグループなどにも個展に使っ
てもらっている」と口から出るのは感謝の言葉だ
け。
 チャーチル会発祥の地の孔雀荘だが、2年目か
らは美協の新春展の会場にもなった。重田ママの
縁が今もこの店に息づいているのが実感としてよ
く分かるという。
 目の前に高層マンションの立て看板が立った時
には「どうなるのか?」とビックリしたが、流石
に尾道、ちゃんと解決してもらって改めて尾道が
大好きになったという。
 記者から「一宮神社下の『みやち』と同じよう
に、古い良い店をどう後を継いで大切に守ってい
くか。その良いお手本をみせてもらっている」と
礼を述べたが、松本さんは「身内や知人の場合は、
しんどいとついグチや不満が出たりするが、私の
場合は自分がしたくてやったのだから、逆にその
方がやりやすい面もあるのでは・・・」と自分に
言い聞かせるように、アッという間に過ぎ去った
10年を振り返っていた。
 駅前再開発に始まりホリエモンとか隣の陰山効
果など、尾道のこの10年の移り変わりを見つめて
来た孔雀荘。「私がリタイアする時は、誰かやり
たい人に譲りたいと思っていたら、もうそういう
人が手を挙げてくれているんですヨ」と喜ぶ。
 尾道人なら一度、感謝の言葉をかけてほしいと
記者は願う。

場所はこちらの「く」



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