2005年12月17日(土)
故日暮兵士郎翁
18日に尾道市公会堂で「偲ぶ会」を
 用地買い取りに敢然と
  「企業の社会的貢献」に範と信念を  
日暮兵士郎氏
 去月16日、87歳の天寿を全うした丸善製薬
(株)代表取締役会長日暮兵士郎氏を「偲ぶ会」が、
18日午後3時から尾道市公会堂で営まれる。企
業人としての社会的貢献を文字通り貫いた翁の徳
を慕い、全国各地・各界各層から2000人を越える
多くの人が感謝の誠を捧げることになろう。
 日暮さんと聞いて、多くの市民の脳裏に一番に
浮かぶのは、東久保町浄土寺下の高層マンション
建設に反対、用地買い取りに敢然と立ち上がった
勇姿だ。
 尾道の歴史的景観を守る会を結成し、自ら会長
に就任。浄財カンパのため上京し銀座の街頭に自
らも立った。
 市民がマンション用地を買い取った稀有な例と
して、全国紙の社会面トップを何度も飾った。
 しかし、本当の苦労はこれが始まりで3億円を
越える借金の始末と、買い取った土地の有効利用
の二つが、氏の双肩に重くのしかかることになっ
た。会社と個人の「公私の区別」を明確にすると
いう故人の信条・哲学が人に言えない逆に大きな
苦労にもなった。
 現在の尾道白樺美術館に結実した尾道出身の吉
井画廊、吉井長三社長との出会いは余りにも有名
だが、氏の英断を美術館という願ってもない形で
成就させてくれた吉井氏への感謝は尋常のもので
はなく、それは「白樺派」への傾倒や山梨県の清
春白樺美術館詣でへと繋がっていった。
 今日、駅前に高層マンション建設問題が再び起
き、5億8500万円もの税金を使ってようやくこれ
を阻止したが、この時に多くの心ある市民が改め
て日暮さんの勇気と行動に惜しみない賞賛と感謝
の念を想い起こしたことは記憶に新しい。
 その駅前マンション問題や、尾道流通団地への
自社工場の落成、さらに因・瀬との合併に今回の
歴史的な選挙の帰趨などを自分の眼で見届けた上
で、落成式の翌日11月16日午後零時50分、
入院中のJA尾道総合病院で多臓器不全のため死
去した。
 巨星墜つの悲報に、翁と一面識もない30歳そこ
そこの女性から『「お別れの会」には出席しても
よいのでしょうか?』と本社に問い合わせが舞い
込むほど、日暮さんの死を悼む声は大きいものが
ある。

和作忌や源氏絵、薪能など
「内外ニュース懇談会」を主宰

 日暮さんの職歴は昭和12年4月、大阪市の南
海人絹織物(株)入社、退社後14年7月、丸善商
会人店。15年3月入営、21年4月除隊。同月
丸善化学工業所復職。24年7月、法人化で丸善
化成(株)の専務取締役に。46年7月、丸善化
成(株)代表取締役社長。平成4年4月、丸善製薬
(株)に合併し代表取締役会長に就任。
 団体公職歴の主なものは昭和53年4月、経済
同友会尾道支部長、57年5月、尾道法人会長は
じめ、商工会議所、ロータリークラプ、食品添加
物協会、清港会、防火協会、労基協会、発明協会
などで全国、中国、県の要職を歴任している。
 厚生大臣、労働大臣、大蔵大臣の各大臣表彰は
じめ平成6年11月に勲五等瑞宝章を受章。
 内外ニュース懇談会を尾道で主宰し、足利氏ゆ
かりの会や尾道源氏絵まつり、和作忌協賛会、浄
土寺薪能など文化的な会で名誉職にとどまらぬ会
長の大役を果たしてきた。
 尾道市制百周年では、しまなみ交流館の緞帳を
名誉市民の山ロ玄洞家の製作で市に寄贈している。
 自由民主主義の信奉者を自認し、宮沢喜一元総
理を政治の師と仰いでいた。



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