2005年11月26日(土)
 尾道豪商 渋谷家 毛利家の金庫番
  輝元上洛の際、船や水夫を手配
展示の様子
 古文書を紐解き、尾道地方の知られていない歴
史を掘り起こしている尾道郵便局勤務、半田堅二
さん(55)が向島町兼吉、向島郵便局での「岡島
城址の歴史展」に続き、久保1丁目、今川玉香園
茶舗(今川吉弘店主)の改修した土蔵で戦国の武
将「毛利輝元と尾道展」を開いている。30日まで。
 尾道の豪商の渋谷家、毛利家、広島県立古文書
館、山口県立古文書館から資料を探し、それに尾
道市史、三原市史からの漢文を読みくだし、毛利
輝元が上洛、太閤秀吉と面会した様子や毛利家と
その台所を預かっていた渋谷家との関係を解読し
ている。
 豊臣秀吉が関白に就いていた安土桃山時代天正
16年(1588)7月7日、毛利輝元は居城の吉
田を出発、3日後糸崎港を出て、岡島に船を着け、
和泉式部の石塔を訪れ、岡島城で宴会を開き、た
ち貝を食した。夜半、台風に見舞われ岡島を離れ
尾道の笠岡屋に宿泊した。翌11日、木梨杉原家か
ら御太刀一刀が輝元に進上されている。尾道から
船で阿伏兎観音に参り、大阪、京都に滞在。
 京都で前田利家らを従えた関白秀吉と会ったの
は7月24日で輝元は秀吉に銀子3000枚、太刀
1腰、馬1頭、鷹5羽を、北政所に銀子200枚、
白糸3折を献上した。秀吉は輝元に豊臣姓を与え、
参議宰相に召し抱えた。
 輝元はその年の9月13日に兵庫港を出航、4日
後、尾道港に着き笠岡屋に宿泊、木梨元恒から料
理の接待を受けた。
 尾道の豪商、渋谷家は毛利家の台所を預かる金
庫番で毛利家から30石を拝領していた。毛利家
の決算をしたり、輝元が上洛の際は船の世話から
水夫の手配、食料の確保まで仕切った。また御金
の立て替えもしており、毛利家から絶大の信頼が
あった。
 一方、渋谷家は鉄砲や火薬、小筒を取り扱う武
器商人で秀吉が朝鮮出兵に楯阪、火、矢、石、兵
糧米を用立てている。朝鮮出兵の際、高須杉原氏
も参加している。
 「秀吉の朝鮮出兵に尾道の商人、武家が関わっ
ていたことが興味深ったです。これからも尾道に
関する古文書を発掘していきたい」(半田さん)と
毎月、県立古文書館に足を運んでいる。

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