2005年10月20日(木)
毎日新聞の投書欄
西宮の若い男性教師が「尾道の魅力」を
 「今年に入り七回も・・・」
  今こそ『リピーター観光の町』の再認識を
駅前海岸のベンチでくつろぐ人
 駅前という都市の顔を「経済でいう一等地」
から、海が見える自然空間に替えた亀田市長
の「美意識」が大いに貢献していることさえ
忘れられていないか。また、ハゲハゲの芝生
を目の醒めるようなグリーンベルトに変身
させた大信産業の貢献も大きいし、過去の
産業遺構として無用の長物になりかけていた
「造船所風景」を、クレーンのライトアップに
よって再生したアイデアも魅力創出で大きな
役割を演じている。これら十年の蓄積が尾道
の新しい郷愁を創出し続けているのではなか
ろうか(秋田 清)。「夕陽の..」も忘れられて
いる。
 本紙の愛読者から18日(火)、「今朝の毎日
新聞の全国版の読者の声の欄に、尾道のことが載
っている」と教えてもらった。兵庫県の若い男性
教員が尾道に魅せられ、今年になって七回も尾道
を訪ねているという『リピーター観光の町尾道』
にとって『宝』といえる声が掲載されている。

 18日付けの毎日新聞大阪本社版の第4面オピニ
オンワイド面で、下段の従来の読者の声欄に相当
する「みんなの広場」欄があり、全部で五つの読
者からの投書が掲載されている中の一つ。
 見出しが「訪ねるごとに郷愁募る尾道」で、投
書の主は兵庫県西宮市に住む三十三才の男性教員
(実名入り)。
 書き出しが「尾道(広島県)が好きで、今年に
入って七回ほど訪れた」という単刀直入な表現が、
いかに自分が尾道に魅せられているかをストレー
トに表現している。
 そして、海と山あるいは瀬戸内の潮風といった
月並みな表現ではなく、「尾道は何かしら引きつ
けられる場所だと感じている」と続き、その理由
は「自然と人工が違和感なく同居しているところ」
だと自ら結論づけている。
 その根拠として、山陽線で福山から電車で入っ
てくる尾道水道と造船所、古びた屋根の風景や、
駅前の芝生広場、対岸の造船所に再び尾道水道を
今度は夕日の美しさで紹介している。
 投書氏は「自然と人工の関係という一昔前の課
題は現代において、もはや過ぎ行くものへの郷愁
なのかもしれない」としながら「それでもなお、
尾道という町は訪ねるごとに大切な何かを語りか
けてくれる」と結んでいる。
 大林映画の世代とは違う若い層であり、いま流
行りの大和ロケセットとは全く無縁の層。
 風景描写の中に「老夫婦、子ども、若いカップ
ル」という言葉が登場しているが、定番の「親切
な人」は出てこない。
 「人やもの」との出会いよりも、「尾道という
町そのものとの出会い」に強く魅かれていること
がよく伝わってくる。
 尾道という観光都市を考える場合、観光バスや
ツアーで来る一見客であっても、この一見(いち
げん)さんをどうリピーターに取り込んでいくか
が全て。
 投書氏が言うように「尾道という町そのものが
リピーターをつくれる要素」をふんだんに持って
おり、これに『人との出会い』や『ものとの出会
い』、さらに『物語との出会い』などが出来ると、
リピーターにとっては「こたえられない程、魅力
に富んだ、何度でも行ってみたい、何時行っても
裏切らない町・尾道」になってくる。
 いま現在、大和ロケセットで「しまなみ海道全
通の年」以来の賑わいをみせており、関係者にと
っては「ロケセット公開を五月連休まで延長して
・・」という目先の問題に終始している。
 しかし、七月から来年五月初旬まで、この一過
性のロケセットによって″多大な恩恵″(受益者
は何んの努力もしないまま)を受けることに慣れ
る(当たり前のこととして感謝すらしない)と、
次は『ポスト・ロケセット』を要求するというの
が、日本中が繰り返してきた観光都市の過ち・愚
であり、ロケセットで大賑わいしている今こそ
「この観光客を一人でも二人でも尾道(我が店、
我が商品)のリピーターに取り込んでいく」こと
の重要性を、本紙では公開前の時点から『声を大』
にしてきたところだ。
 大和ロケセットで、史上最高に近い大賑わいを
している今こそ、この西宮の若い男性教員の「声」
に、尾道人は真摯に耳を傾ける秋ではなかろうか。
 いずれにせよ「これ程に嬉しいことは滅多にあ
るものではない」。



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