2005年9月4日(日)
「尾道をゆく」夏季スペシャル
 失われた『尾道囃子』〜中国山地に生きる
  尾道学サロン同人
   八幡浩二・林良司、橋本和典
三味線を弾く2人
 「比婆郡西城町(現、庄原市)に尾道囃子が伝
わっている・・」
 5月28日に開かれた【尾道学サロン】の初会合
にて出された一言から全ては始まり、我々尾道学
徒は8月13日、比婆の山里で盆入りを迎えること
となった。
 西城町は深い緑に包まれた中国山地の山間にあ
り、日本海へと注ぐ江の川水系の西城川が町中を
流れる。温暖なる尾道と比べ気温も低く、盛暑に
も関わらず心地よい。山の緑が尾道とは違って見
えた。
 庄原市との合併記念も兼ねた今夏の【ヒバゴン
の郷比婆どえりゃあ祭】(今年で12回目)は、毎
年お盆の時期に開催される地元の夏祭りイベント。
決して派手ではない、ほどほどな祭り化粧に染ま
る商店街を、ぶらりぶらりとゆく。この道は旧出
雲街道であり、街道筋はかつての宿場町である。
傍らには西城川が流れ、どこかひなぴた温泉街を
思わせる風情がある。
 ゴギ(イワナの一亜種)なる地の川魚をほおば
りつつ、町民に交じって祭の宵を待つ。提灯に灯
が灯る。会場アナウンスがパレードの始まりを告
げる。
 パレード何組目か、我々が探し求める尾道囃子
の一団が、三味線の生演奏にのってやって来た。
「トン、トトン、トン、トトン..」至極単調な締
太鼓の繰り返しに、些か忙しない三味線の音色。
まさしく事前にテープで聞いた尾道囃子だ。それ
が尾道囃子であることをアナウンスは解説しない
が(参加団体の紹介のみ)、間違いはない。三下
りに少し似た感もある振り付けだが、お囃子同様
に素朴な型の踊りである。ここに踊られるのは女
踊りで、かつては男踊りもあったが、残念ながら
そちらは今に残らない。
 「アーッイーヤァッ、ソーッ、リャアー..」歌
詞がないため(歌詞は元々存在しないとのこと)
に、これが唯一の文句(掛け声)である。
●..尾道囃子の由縁
 西城町は近世以降、たたら吹き製鉄が盛んに行
われていた土地であり、その地で作られた鉄製品
や材木・木炭などは、主として尾道の問屋に卸さ
れ、経済的に尾道と強い繋がりをもっていた。ま
た、西城は陰陽を結ぶ交通の要衝であり、宿場町
として栄えた地でもある。
 さて″尾道囃子″に関して、地元での聞き取り
調査を行ったところ、釘・鋸・材木・木炭などの
買い付けで西城へ来た尾道商人(問屋)の旦那衆
や行商人が、街道沿いの花街で遊んだ際に、三味
線や太鼓、鼓にあわせて芸者と一緒に踊ったもの
が、今に伝えられたとされる。明治から大正にか
けてのことらしい。そして遊郭があった西城町本
町では、これを盆踊りなどで踊り伝えたようであ
る。
 その踊りは福山の「二上がり踊り」ともよく似
ているとされる。また余談になるが、遊郭におい
て遊びの最後に芸者らと一緒に食べたとされる
「ゆきけし」と呼ばれる料理(雑煮のようなもの)
が、現在でも西城町で食べられているとのことで
ある。
 我々は当初、西城町に伝承する尾道囃子につい
ては、西城から尾道へと牛馬で荷を運んだ男衆が、
尾道で無事に仕事を終えた際、尾道の花街で遊び
興じた囃子や踊りを覚え、それを西城へ持ち帰り
伝えたのではないだろうかと考えていたが、今回
の聞き取りではその逆であった。しかし、今では
西城町でも時の経過と共に、その詳細な経緯が明
らかでないため、真相については判断できない。
何れにせよ、尾道と西城とは経済的だけでなく、
文化的にも繋がりをもったようだ。
●..昭和28年の本紙に見えたり尾道囃子
 残念ながら今尾道で、この尾道囃子を見聞する
ことはできない。地元尾道で資料をあさってみる
と、昭和28年4月23日付の本紙に、『出雲大社の
「神國博」に往く・尾道小唄、尾道囃し』との見
出しで、出雲で開かれる中国五県芸能大会に、広
島県代表として当地の「尾道囃子」と「尾道小唄」
が出場する栄誉が報じられている(前年の岡山大
会にも出場したとある)。
 更に遡って『尾道志稿』(江戸後期)では、福
山領に尾道囃子が踊られていることを記している。
この江戸期のそれが後の尾道囃子と同一のものか
否かを探る手立てはないが、その古さはもとより、
三下りなどと違って、町外へ広く伝播していると
ころが注目されてくる。盆踊りなどで伝わってい
る所が、探せば比婆以外にもあるやもしれない。
●..尾道囃子の里帰りは・・・
 それにしても、尾道囃子は発祥の我が町でこそ
踊られて然るべきではないか。先人の誇りうる遺
産を守り伝えてきた文化度高い尾道人なら、誰し
もがそう思うだろう。″温故知新″よさこい系の
新種の踊りが全国的にもてはやされるなか(今回
のパレードでも目立った)、こうした伝統ある古
い踊り(尾道囃子だけではない)を見失ってはな
らない。こういう尾道文化・尾道遺産を見失わず、
誇りをもって輝きの目を向け、一つ一つ大事に守
り伝えることが、愛すべき、誇るべき文化都市尾
道に磨きをかけ、また世界遺産への地道かつ真っ
当な歩みとなりはしないか(世界遺産への前提と
して「尾道遺産」という文言を提起したい)。
 今回の夏祭りは歴史の浅い地域活性化イベント
であり、古くからの伝統行事ではない。しかし、
そこに伝統的なものがしかと守り伝えられている
点が評価され、また見習うべき姿であろうと思う。

◎庄原市西城支所からの情報収集、及び取材の事
前調整を八幡浩二、本文を林良司(一部補足を八
幡)、写真を橋本和典が担当しました。

転載責任者メモ:今尾道で祭りの時に踊られるのはベッチャー祭を中心にした
        ベッチャー踊り、サンバなどが主なようですが、せっかく
        オリジナルのお囃子もあるのなら、これも是非残して欲し
        いですね。ベッチャーサンバも元気で大好きですが。


ニュース・メニューへ戻る