2005年7月9日(土)
2つの向島
東京「向島学会」と「尾道学サロン」が交流
 小さな世界都市大賞受賞
  大学、専門家と共同し街を再生
散策するメンバー
 (続報)劇団トリのマークの尾道公演をきっか
けに同じ地名を持つ東京都墨田区と尾道市の「向
島」の交流が始まった。6日、墨田区の向島学会
のメンバー2人が尾道を散策、このあと市立中央
図書館で尾道学サロンのスタッフらと意見交換し
た。墨田区と尾道とはお互い、似ており重なって
いる共通点も多く、今後、交流を深めていくこと
にした。
 来尾したのは向島学会事務局長で東京工業大学
助教授、真野洋介さん=写真手前=と墨田区で工
場を改装し現代美術製作所を作った美術ディレク
ター、曽我高明さん=写真右から二人目=。
 午前中、持光寺、光明寺とお寺、住吉浜の力石
や旧商工会議所、歴史博物館と歴史的建造物、お
のみち帆布、渡船と市街地を見て回った。
 午後、場所を市立中央図書館に移し尾道学サロ
ンの世話人で尾道大学地域総合センター助手、八
幡浩二さん、妙宣寺副住職の加藤慈然さん、尾道
学サロン同人、林良司さんらと意見交換した。
 真野助教授から墨田区向島の歴史や街の形成、
曽我さんからは現在取り組んでいる街おこしやア
ートを軸にしたイベントなどスライドを見ながら
説期をうけた。
 向島は江戸時代、「花といえば向島」と言われ
墨田川土手の桜並木、百花園と風光明媚な所とし
て有名で、また江戸市中の農産物を供給する田園
地帯だった。森鴎外や幸田露伴ら文豪も移り住ん
できた。
 大きく変貌したのは関東大震災で震災を免れた
向島が避難場所になり、池を埋め立て次から次へ
と長屋が建てられ昭和10年には人口が20万人に膨
れ上がった。戦災にあっていない地区は昔ながら
の長屋や銭湯、豆腐屋など残り下町特有の町並み
風景を醸し出している。自転車と歩行者しか通れ
ない迷路のような路地も残こり、陸のベネチアを
彷彿させる。
 木造長屋で火災が発生したら、ひとたまりもな
く、全国に先駆けて官民が一緒になり防災の街作
りに取り組み、コミュニティ住宅の建設、歩きや
すい歩道の整備、雨水利用の防火水槽を設置する
など人の意識も変わり、防災面では一定の前進を
みた。
 大きな問題となったのが空き地、空き家。商店
街は103軒あった商店が半減した。空き家から
出火と類焼が頻発。こうした危機的状況を打破す
るため00年、向島博覧会を開催、建築家が街の青
写真を描いたり、古い建物を改装しカフェや外国
人の滞在施設に、地域の交流センターを整備した
り、グループマンションの事業化など外の専門家
を交え取り組み、ネットワークもクモの糸のよう
に広がっていった。向島博覧会は国土交通省の
「小さな世界都市大賞」を受賞した。
 向島博覧会を契機に02年、建築家、大学教授、
アーティスト、都市計画家など約80人で向島学会
を設立、空き地や空き家を活用した手作りのまち
再生にチャレンジ。大学も早稲田、慶応、千葉大、
東京工大、東京理科大などがバックアップしてい
る。
 アートを軸にした街の賑わいを創出しようと04
年に向島yearを開催、百花園のトリのマーク
の公演もその一つで、国際デザインコンクール、
地元のアサヒビールの支援を受けアートフェステ
ィバル、草の根都市シンポジュウム、慶応大生に
よる向島編集室など次から次へとイベントを仕掛
け街に賑わいをもたらせている。落語の発祥地も
向島で落語寄席も盛ん。
 墨田区向島学会からの説明をうけ、尾道からは
加藤副住職が灯りのまつりの取り組みなどを報告
し、懇談した。
 「二つの向島は共通点が多く、これからが楽し
みです。尾道の方が歴史も古く、街に沢山遺産が
あり、勉強し交流を深めていきたいと思います」
と真野さん、曽我さんともに感想を述べていた。
 「尾道は景観条例に取り組んでいきますが、向
島学会の専門家の知恵をお借りできれぱと思って
いきす」(八幡さん)と話しいた。
 二つの向島、初めての出会いでお互いに刺激し
ながら今後の交流を楽しみにしていた。



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