2005年6月28日(火)
亀田市長、木曽、高山県議らがお祝い
 土本さん人生最良の日
  ふるさと写真集出版祝賀会に80人
あいさつする土本さん
 尾道、向島、御調と60年間にわたり写真を撮り
続け、その集大成として「ふるさと いまむかし」
を出版した土本寿美さん(80)の記念祝賀会が25
日夜、ホテルおか島で開かれ、写真仲間、行政、
三浦幸広・杉原孝一郎市議、教育界、日立造船、
地元関係者など80人を超える参加者で盛り上がっ
た。
 檸檬の樹の永井照敏さんの司会ではじめに世話
人を代表して吉原照明・亀森八幡神社名誉宮司が
「日立造船でソ連の捕鯨母艦など数々の船を作っ
たが神事を通して縁があった。宇立の極楽寺の跡
から縄文時代の石斧を土本さんが発見、大きな成
果があった。私と同じ大正14年生まれ、私が7か
月早いが、10才ぐらい若く見える。2冊目、3冊
目の写真集を出して欲しい、私からの注文で宿題
です」と次の写真集に期待を掛けていた。
 来賓の亀田市長は「尾中、早稲田の先輩、吉原
宮司に手を引かれ、やってきた。向島にはこれま
た早稲田の先輩、吉田さんがいた。空手の部長を
していてアメリカの有名な雑誌、ライフの表紙を
飾り、時の人になった。実家は今の秀山荘で改築
されず元の家が残っていたら文化財になっていた
だろう。文化や芸術を趣味にする人が尾道の文化
度を高め、知名度をあげている。これからも頑張
って欲しい」と祝辞。
 写真仲間を代表して武田利明・元尾道高校校長
が「土本さんは昔の尾道の写真を沢山撮っている。
私は新浜の家畜市場近くで生まれ、当時の状況が
写真でしのぱれる。全国の6割のシェアーを占め
日本1だった。今はキッスロードとモダンな場所
に変わっている。写真で残して貰って有り難い。
写真を沢山とるが、何処にいったか分からなくな
る。整理の仕方を是非、教えてほしい」とお願い
していた。
 花束や藤原融さんの絵寄贈を受けたあと土本さ
んが謝辞に立ち「石斧を掘り、当時、県職員だっ
た森重美術館長に調査を依頼、藤川教育長が文化
庁に手続きしてくれた。私の一番の思い出だ。昭
和29年、山波のとんど祭りにいった時、環境衛生
の看板が立ててあった、当時、環境衛生の言葉あ
ったのに驚きで、写真記録の大切さを知った。高
山県議とは御調の柿の里の写真を撮りに来てくれ
と言われ、行くと農家の人は忙しく、邪魔者扱い。
御調写真コンテストでは毎年、入賞していた。写
真で記録が残され、話が出来るのは幸せだ」と人
生最良の晴れ舞台に心なしか涙ぐみ、写真一筋60
年間を振り返っていた=写真
 青木立道向島町商工会長が乾杯の発声、祝宴に
移り、小田切良子さんの祝賀の舞い、永井直美さ
んの琴六段の調べが演じられた。
 森重彰文美術館長、杉野原一元労金理事中、木
曽真理行・高山博州両県議、藤川清二元教育長、
末貞悌三元校長が土本さんの写真人生を讃えた。
 同じ写真仲間の青木博元校長の名スピーチで閉
会。参加者に写真集「ふろさと いまむかし」が
配られた。


        


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