2005年5月10日(火)
亀森八幡神社
金鳥120周年記念で全国小学校に教材配る
 除虫菊生みの親を偲ぶ
  故上山英一郎氏、蚊取り線香開発
お参りの様子
 かって蚊取り線香や殺虫剤の原料として瀬戸内
の島々で栽培していた「除虫菊」の種をアメリカ
から持ち帰り普及させた大阪市西区、大日本除虫
菊株式会社(金鳥・上山直英社長)の創業者、故
上山英一郎氏を祀る祭典が向島町名郷丸、亀森八
幡神社(吉原典孝宮司)で8日午前、執り行なわ
れた。
 故英一郎氏を祀った除虫菊神社には満開の除虫
菊、鯛や竹の子など海、山の幸が供えられ、吉原
宮司が故英一郎氏の偉業をしのぴ、金鳥の隆盛を
祈願し祝詞をあげた。
 英一郎氏の孫にあたる上山久史・金鳥専務=写
真=ヽ森重彰文美術館長、大畠肇氏ら当時の県除
虫菊協同組合、卸問屋役員ら子孫14人が次々に玉
串を捧げ、祭典を終えた。
 英一郎氏は故郷、和歌山に続いて瀬戸内海に除
虫菊の種を植えたのが1890年(明治23年)。蚊
取り線香やノミ取り粉など殺虫剤の原料として農
家で栽培され、初夏になると瀬戸内の島々の段々
畑は一面、真っ白なジュータンを敷いたような美
しく咲き誇り、戦後にかけ、季節の風物詩だった。
 その後、化学殺虫剤の開発で除虫菊は使われな
くなり、現在は観光用に千光寺公園と因島のわず
か2か所だけになった。
 英一郎氏を顕彰するためまだ存命だった193
0年(昭和5年)、亀森八幡神社境内に写真、鏡、
日本刀を安置した除虫菊神社を建立。以来、毎年、
祭典が行われ、今年で75回目。千光寺参道には英
一郎氏のレリーフをはめこんだ「除虫菊発祥之碑」
を建てた。
 金鳥は今年で創業120周年の節目の年で記念
事業として「まんがでよくわかるシリーズ 家庭
用殺虫剤のひみつ」(学習研究社発行)を全国の小
学校約2万3300校と約3000の公立図書館
に寄贈した。
 また上山社長は昨年7月、除虫菊の原産地、セ
ルビア・モンテネグロ(旧ユーゴスラビア)の名
誉総領事に任命された。関西、中国地方の名誉総
領事で日・セ両国の経済、科学、文化、観光、ス
ポーツと交流を深め、関係の発展をはかる。祖父
英一郎氏も名誉総領事、父勘太郎氏は名誉副総領
事を務めてきた。
 除虫菊は15世紀頃、殺虫効果があることが分か
り、ノミ取り粉としてヨーロッパに広まり、明治
時代、英一郎氏が世界で初めて渦巻型蚊取り線香
を発明。昭和初期、日本とユーゴスラビアが2大
産地として除虫菊の粉を世界に供給していた。

除虫菊畑
段々畑、白いじゅうたん
 市立美術館南側、除虫菊満開

 千光寺公園、尾道市立美術館南側に植えている
除虫菊が満開、可憐な白い花が初夏の風に揺れて
いる。
 大日本除虫菊株式会社が会社のシンボルとして
除虫菊を保存、観光にも役立てようと眼前に尾道
水道、除虫菊神社のある向島を望める斜面で20年
以上、栽培を続け、00年には尾道市に650万円
を寄付、約3アールの広さの畑を3段に造成、土
壌改良もおこなった。「白いじゆうたんの丘」と
名付け、市民や観光客に親しまれている。
 除虫菊の花は今が満開。8日の日曜日、お父さ
ん、お母さんに連れられた小学生が白いじゅうた
んの丘で写生していた。

千光寺公園にある尾道市立美術館下の海側斜面にあります。
美術館脇の細い道を下るとすぐ。



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