2005年2月19日(土)
「20年前の自分と」
父親がそのレーザーディスクを本社へ持参
 香港でカラオケ映像で出会う
  福本渡船「自転車通学生の中に自分がいた」
レーザーディスクを手にする高橋さん
 外国へ転勤して6年−。異国の地で古里尾道の
映像と出会い、突然スクリーンの中に20年前の高
校生の自分の姿が映し出された時の驚きと喜びは
『どんなに大きいもの』があるでしょうか!?。
 高橋金男さん(72)が17日午後、一枚のカラ
オケ・レーザーディスクを手に持って来社された。
 「私はカラオケのことは全然、知らないのです
が..」と前置きして「私の息子が転勤で香港に滞
在中、尾道が映っているカラオケがあるよ、と馴
染みの店で言われ、それをかけてもらたところ突
然、20年前の高校生の自分が映し出されたので大
変驚き、記念に香港から持ち帰ってきていますの
で、見てやってもらえますか」と切り出された。
 このカテオケは、ひと昔前のレザーディスク
(写真)で、尾道の映像が映っているのは武田鉄矢
の海援隊が唄う名曲「贈る言葉」。1曲の始まり
から終わるまで、歌詞のバックに音楽のBGMな
らぬ映像が流れるタイプで、カラオケファンなら
皆さんよくご存知のもの。
 この「贈る言葉」では、尾道水道をバックにタ
イトルが入り、朝のフェリー(小浦渡し)と乗客
が降船する様子。近くの「うず潮小路」とか林芙
美子の母校、東高の通学風景。それに高校生達が
サッカーや野球に懸命に打ち込む姿。千光寺山頂
の「放浪記」の石碑とロープウェイ。林芙美子と
尾道、そこで生活する若者(高校生)の姿で尾道
の映像が構成されている。
 高橋さんの次男一央(かずひさ)さん(三八)
は、尾道北から大学へ進み、社会人となって平成
10年から昨年16年10月まで香港へ赴任。
 香港駐在が6年になり、まさに「故郷は遠くに
在りて想うもの」といった時に、このカラオケ・
ビデオに出会ったことになる。
 通い慣れた福本渡船から、自転車通学の高校生
達が次々と降りてくるあのなつかしい光景。その
高校生のなかに、20年前の自分を発見した驚きは
いかばかりであったか?。
 この喜びを古里尾道の人達に伝えたいと、レー
ザーディスクを記念にもらい、昨年10月の転勤
命令で現在は埼玉県の自宅に帰国している。
 久々に向島の実家に帰省した際、このレーザー
ディスクを持ち帰り「自分のほかにも沢山の高校
生が映っている。83年に尾道で撮影されたもので、
もしや自分が映っているのでは・・といった心当
たりのある人がいたら。それを知らせてあげて希
望者に見せて差し上げてほしい」と父親に託した
というのが顛末。
 金男さんは「私はカラオケのことは全然、分か
らないのですが、このレーザーディスクのことは
皆さんよくご存知なのでしょうか?。息子が言う
ように、もし心当たりの方がいらっしやるなら自
宅へ遠慮なく電話してほしい」と話していた。
 一時期、映画でもない、テレビロケやコマーシ
ャル撮影でもない撮影グループが、この映像のよ
うに「福本渡し」を中心に市内のあちらこちらで
ロケをする光景がよくみうけられた時があり、こ
の「贈る言葉」もそのうちの一作であろう。
 一央さんでなくても『なんとなくなつかしい尾
道』の日常(日本の原風景)がそこに在る。

著作権を考慮し、画像や一部文章は転載しませんでした。

転載責任者メモ:それにしても博多のイメージが強い海援隊の歌詞のバックに
        尾道の風景が流れているのが不思議ではありますが、
        自転車を押して渡船を降りてくる大勢の高校生の映像などは
        やはり大林監督の影響を受けた、あるいは撮影に参加した方
        などが仕事に絡んでいるようにも見えます。"映像資料"に
        なりますね。
        本当は安全のためDVDにでもダビングしておいた方が
        保存上は良いような気もします。レーザーディスクプレイヤー
        自体も無くなりつつありますし。


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