2005年1月18日(火)
「美人舟遊図」
日本で初の陶板絵入りの顕彰碑が完成
 玉蘊さんの人生の縮図
  入船さん「財間先生からの宿題を1つずつ」
除幕式の様子と碑
 江戸・文化文政期の日本を代表する女流画家の
1人平田玉蘊の謎めいた人生の悲哀がこの1枚の
絵に込められている「美人舟遊図」という絵をテ
ーマにした我国で初めてといってよい顕彰碑が完
成した。
 玉蘊忌実行委員会(入船裕二委員長)による、
玉蘊没後150年記念の顕彰碑の除幕式が16日
午前10時から、福岡屋平田家の菩提寺の西土堂町
持光寺(松岡昭礼住職)で開かれ、寒風の中、女
性が20人以上全体で約100人近い関係者が出席
して盛会裡に行われた。
 発起人の1人である田辺耕造氏が司会。入船委
員長が開会の挨拶。「尾道にこれだけの石碑があ
っても、尾道出身の人は玄洞翁だけじゃ、と嘆い
ていた財間八郎先生の″遺訓″に、これでまた1
つ宿題を片付けることが出来た。
 世界中の文学碑を見て回ったが、パリやウィー
ンなどヨーロッパでも絵のある碑は無かったが、
4年前にモスクワで似たようなものを見て、ロシ
ア人に出来て日本人に出来ぬ訳はないと思った。
 鳴門の大塚美術館で陶板を観て、これだと思い
設計の生駒さんに相談してやってきたが、元の絵
(美人舟遊図)はくすんでいるが流石日本、見事な
出来栄えで本当にいいのが出来た。
 碑面には田能村竹田や森鴎外が玉蘊さんを誉め
て書いているのを、池田明子さんに分かり易く解
釈してもらい刻んだ。
 生駒さん、持光寺の松岡住職、発起人の皆さん
とくに丸善製薬の日暮さんには大変な協力を頂い
たが、お陰でお金は余っている」と礼を述べた。
 生駒俊彦さんが経過を説明。友成才先生(広島
県地質学会長)の見立てによる北海道日高山地の
『紅簾片岩』の自然石との出会いや苦労話を披露、
池田明子さんから感謝の花束を贈られた。
 「美人舟遊図」について池田明子・尾道市文化
財保護委員が解説(本紙で後日、詳報)し、開ロ
ー番「感無量です」と玉蘊研究家として『今日を
迎えることが出来た喜び』をまず表現した。
 そして、美人舟遊図は玉蘊さんの代表作でもな
ければ玉蘊典型的な絵でもないが、珍しい肉筆の
浮世絵タイプの絵であり、菱川師宣の「見返り美
人図」の流行り、流れのようなものもあったので
はないか。
 この絵を選んだ理由として、編笠の派手で粋な
男性が頼山陽で、平安時代の伊勢物語を連想させ
るような物語構成になっており、5人の登場人物
は玉蘊さんの母と妹、山陽と同棲者の玉蘊自身の
人生の縮図であるとの思いがあるからだと語り、
玉蘊と山陽の運命的な出会いを伝える「竹原舟遊
図巻」(行先は不明)への想いをこの「美人舟遊
図」に託したことを暗に語った。
 平谷祐宏教育長が謝辞の中で、入船・池田両氏
に礼を述べ「没後150年記念で様々な企画があ
ると聞き喜びかつ楽しみにしている。玉蘊さんが
いつまでも市民と共にあることを祈念している」
と結んだ。

持光寺はこちらの「し」



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