山陽日日新聞ロゴ 2004年11月16日(火)
尾道に『本物』を残そう
 文化財の宿 竹村家百年を祝う
社長の挨拶と扇子を持って踊る芸妓さん
 今秋、国の登録有形文化財の指定をうけたぱか
りで台風16号による高潮の被害に遭った、尾道市
久保三丁目、文化財の宿竹村家(武田和頼社長)で
14日、分家百周年を祝う会が開かれ、出席者が
「これからも文化財の宿を残していこう」と励ま
し誓い合った。
 挨拶で武田さんは、竹村家創業の歴史を語り、
当時分家の先祖が京都で懐石料理の修業を終えて
帰省する途中、神戸で途中下車し「洋食」を学ん
だ後に、尾道でテント張りのビアホール第1号を
開店させたのが現在の竹村家の起こりであると述
べた。
 その後、尾道初の西洋館として隆盛を極めたが、
大正7年9月に火災に遭い消失。大正9年に現在
の建物を完成させ、以来京風の割烹料理旅館とし
てこの9月17日に国の登録有形文化財の指定を
うけたと話し、この間2度も支援して下さる方が
あって今日を迎えていると『尾道のスポンサー
(文化の尺度)』に敬意を払った。
 指定を受けたことで、「このままの姿、景観を
残す。昔からの本物を残すため、精一杯の努力を
していくので、皆さんも竹村家を盛り立ててほし
い」と深々と頭を下げた。
 小学校時代からの同級生でもある亀田市長が友
人代表として祝辞。「尾道にこのような由緒ある
割烹料理をどうしても残したい。そのためには、
広く市民の皆さんに利用していただかねぱならな
いが、本人が頑固で昔ながらの商売のやり方を変
えないので、昔のままではいけない。皆さんにお
願いする以上、自分もやり方を変えなさいと同級
生の誼で苦言も言っている」と、ユーモアたっぷ
りに″応援の弁″を語った。
 人間国宝に継がる人や、京都の一流の芸妓など
を招聘し、流石に竹村家といわれる雅なひととき
を出席者は存分に味わった。
 佐藤忠男会頭、笠井裕蔵氏(笠井病院)、村上
裕氏(前教育委員長)がスピーチをした。
 川崎医大で脳神経外科医をつとめている長男も
お礼の挨拶回りをし「中学1年生になる男の孫が、
竹村家の後継ぎになってもいい」と言ってくれて
いる話などが交わされていた。
 出席者の1人三浦義也氏(元教師、スミレ幼稚
園)は「京都で流行(はやり)の料理屋にいき、
そこの店主が竹村家で料理の修行をしてこの店を
出したと聞いて、改めて竹村家のスゴサを知りま
した」と隠れたエピソードを紹介していた。(店
主創作の尾道踊りを披露する芸妓さん)。
場所はこちらの「た」



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