山陽日日新聞ロゴ 2004年5月9日(日)
亀森八幡神社
 除虫菊生みの親を顕彰
  "金鳥"の創業者、上山英一郎氏
神主と参拝者
 かって蚊取り線香や殺虫剤の原料として瀬戸内
の島々で栽培されていた「除虫菊」の種をアメリ
カから持ち帰って普及させた大阪市西区、大日本
除虫菊(金鳥)の創業者、故上山英一郎氏を祀る
祭典が8日午前、向島町名郷丸、亀森ハ幡神社
(吉原典孝宮司)で執り行なわれた。
 上山英一郎氏をまつった除虫菊神社には満開の
除虫菊、鯛や竹の子など海、山の幸が供えられ、
吉原宮司が英一郎氏の偉業をしのぴ、金鳥の隆盛
をいのり祝詞をあげた。
 上山久史・金鳥常務、森重彰文美術館長、当時
の県除虫菊協同組合、卸問屋役員らの子孫16人が
次々と玉串を捧げていた。
 英一郎氏の古里、和歌山に続いて瀬戸内に除虫
菊の種を植えたのが114年前の1890年(明
治23年)。蚊取り線香やノミ取り粉など殺虫剤の
原料として農家で栽培され、初夏になると瀬戸内
の段々畑は一面、真っ白なジュータンを敷いたよ
うに美しく咲き誇り、戦後まで季節の風物詩だっ
た。
 その後、化学殺虫剤の開発で除虫菊は使われな
くなり下火、現在は観光用にと尾道千光寺公園と
因島のわずか2か所だけとなった。
 英一郎氏を顕彰するため、まだ存命だった19
30年(昭和5年)、亀森八幡神社に写真、鏡、
日本刀を安置した除虫菊神社を建立。以来毎年、
祭典が行われ、今年で74回目。千光寺参道沿いに
は英一郎氏のレリーフをはめこんだ「除虫菊発祥
之碑」を建てて、功績を伝えている。
 大日本除虫菊が尾道市に650万円を寄付して
再整備した千光寺公園内の除虫菊畑は今年も満開
の花を咲かせている。



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