山陽日日新聞ロゴ 2004年2月10日(火)
無病息災祈り、とんど祭り
 伝統の神明祭 兼吉地区一帯を練り歩く
練り歩く様子
 今年、1年の無病息災を祈り″とんど祭″−。向島町、
兼吉大組(後藤忠昭大組長)は7日、町重要文化財「神
明祭」をおこない、沿道には大とんどを見ようと人垣が
出来ていた。
 大とんどは竹で骨組み、ワラを巻き薦をかぶせ、今年
のエト、申を飾り、高さは5mにもおよぶ、勇壮そのも
の。
 昼過ぎ、亀森八幡神社(吉原典孝宮司)に子ども会や
保護者、地区民ら約150人が集まり、吉原宮司がお祓
いをあげたのち、大とんどが出発。「伊勢音頭」をスピ
ーカーで流しながら、鉦と太鼓を打ち鳴らし兼吉地区一
帯3kmを引いて回った。
 沿道には、伝統行事を一目、見ようと沢山の人でにぎ
わった。
 亀森八幡神社に帰ってきた大とんどに火がつけられ、
「パチン パチン」と竹が音を立てて燃え、炎を上げて
いた。
 残り火で正月の松飾りやモチ、古いお守り、習字が上
手になるようにと書初めを焼き、今年1年の無病息災を
祈っていた。
 神明祭は江戸時代元禄年間(1688 〜1704)、
亀森八幡宮神主、吉原善太夫義武が京都に上り、帰向後、
京風とんどを再興。昭和30年代初めごろまで兼吉、田尻、
富浜など6基のとんどが1月14日の小正月に亀森神社に
勢揃い、鉦や太鼓の囃子に口説きを唱えながら各地区を
回る、町を代表する一大行事だった。
 とんどは神明様、左義長(さぎちょう)ともいい、小
正月に行われる火祭りで正月飾りや七五三縄(しめなわ)
などを一か所に集めて焼く行事で平安期の「三毬杖」
(さぎじょう)に記されており、宮廷行事の一つだった
と伝えられている。
 その語源は三つの竹、または木を組んで結び三脚にし
て立てたことによるらしく、神聖な木を焼く行事であり、
荒ぶる精霊を追い払う行事でもあった。その火を体にあ
てると若返り、病気もせず、また書初めを焼いて高く舞
い上がると書が上手になるという信仰がある。



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