山陽日日新聞ロゴ 2004年1月17日(土)
森本所長
尾道市東京事務所・開所記念交流会(下)
 「尾道大学生を支援する。
  10年経てば、中国は瀬戸内海を向く」と
吉井長三、東山すみ、岸田夏子、田辺節代、森本所長、中澤千夏ら各氏
 開会前、亀田市長は話題の東京・六本木ヒルズのイルミ
ネーションを担当した専門家と会場入口前で要談をしてい
た。市長の意中には、日立造船向島工場のクレーンを中心
としたロケーションのライトアップがあり、閉会後に移動
した東京事務所での雑談の中で、村上寿也向島町収入役に、
開会直前の話の要件を伝えていた。
 交流会の半ばで紹介され登壇した森本恭弘東京事務所長
は、市長以下の挨拶の流れを受けて1ビジネス▽2文化▽
3瀬戸内海の自然の三つを挙げて東京事務所の位置づけを
明確にした後、故郷の発展のため微力を尽くすので、気軽
に事務所を利用してほしいとまず呼び掛けた。
 そして、学生時代の思い出として荒廃した東京の駅近く
のド真ん中に、同じ県人の増岡さん(呉・増岡組。第一鉄
鋼ビルのオーナー)が威風堂々たる近代的ビルを逸早く建
設されたのを見て、感激すると同時に誇りに思ったと述べ、
そのビルに入居することになった運命の不思議に触れた。
 そして、来年度はいよいよ尾道大学の第一期生が卒業す
るが、東京に来て色々な体験をする機会もあるはず。その
時は是非、我々も先輩として出来る限りのことをして故郷
の発展に寄与したい。
 私が銀行(東京銀行)時代、尾道短大生を7〜8人採用
した記憶があるが、一流大学の出身者に混って皆さん一生
懸命に頑張り、うち2人は海外で支店長にまでなった。
(短大時代も)みんな素質があるいい人だった。
 東京では、福山?、どこ?という感じで尾道の知名度は
抜群。私も世界中を色々と回ったが、美しい自然、海、こ
んなにきれいなところはない。日本人よりもむしろ外国人
の方が瀬戸内海の美しさを認めている。
 韓国は(観光で)九州を向いており、これは温泉。香港
やインドネシアは雪が珍しいので北海道というパターンだ
が、もう10年もたてぱ中国にはない瀬戸内海が必ず脚光
を浴びてくるはずで、きっと繁栄する。そういう世界観を
もって一生懸命、努力するので是非、応援してほしいと格
調高く、故郷への想いが溢れた挨拶をし、続く本保芳明氏
(日本郵政公社理事)をして「どうやら市長には秘策があ
った」と言わしめた。
 洋画家の福島瑞穂さん(独立、瀬戸内海酸素商会)は佐
藤忠男会頭ら会議所の一行と和やかに懇談。松谷議長が
「私の同級生です」と紹介していた。
 また、豊富な人脈を尾道に紹介し続けている吉井長三氏
(吉井画廊、尾道白樺美術館)は「風呂に人っている時に
自分のケータイに留守電が人っていた」とシラク仏大統領
の生の声をケータイで披露し「来週、大統領直々の声掛か
りでフランスに行く」と話していた。

新時代への意欲を示す
 地方の旗手。座して死を待たず


 閉会後、三三五五東京事務所に移動した。
 事務所には古田土斐子(こたどあやこ)さんが式に出席
せずに留守番として待機。開所を待たずに前日の13日に、
尾道からホテルを紹介してほしいとの″初仕事″が舞い込
んだと披露し、開所日の初日に2件の利用予約があると説
明した。
 午後2時半からと午後4時ごろからで、いずれも尾道の
企業が商談、打ち合わせの場として事務所奥の会議室(10
人は楽に利用できる)を使用した。
 その会議室には、当日の式に所用のため出席が出来ず祝
電が披露された映像作家大林宣彦監督と妻の恭子さんから
贈られた胡蝶蘭が飾られ、同じく社長が尾道出身の日東電
工から贈られた液晶テレビと共に披露されていた。
 事務所立ち上げから尽力した田辺耕造ニュービジネス懇
話会座長は、東京に身寄りや知人がない人も尾道には沢山
いるはず。受験シーズン間近かだが、どんなことでも事務
所に相談してもらえばいい。ここで全部に対応するという
のではなくても、どうしたらいいか、その仕分けが出来る
はずだからと話し、日暮彰文経済同友会支部長が「外国に
行った時の日本大使館の役割ですネ」と相槌を打っていた。
 じっとしておれば低迷を余儀なくされる地方にあって、
尾道市の自ら新しい時代を切り拓いていこうという意欲を
天下に示した記念すべき1日となった。
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