山陽日日新聞ロゴ 2003年12月23日(火)
冬至の日の日の出
『浄土は西国より千の光をもたらす』
 参会者この眼で確かめる
  岩屋山〜千光寺本堂の欄干を一直線
千光寺から見た日の出
 「一陽来復」といわれる冬至の日の22日早朝、尾道
市の千光寺で冬至の日の日の出をみる集まりが開かれ、
昇陽と岩屋山が尾道水道を跨ぎ、千光寺本堂の欄干の中
央と千手観音像、それに後背の巨岩の割れ目とが一直線
に陽光で結ばれる『古代のロマン』が再現され、来観者
はその神秘さを目の当たりにし感動を禁じ得なかった。
 千光寺参道を尾道大学生がつくった灯龍の道に導かれ
ながら、テレビカメラ2台に報道数社、それに商工会議
所の福井弘副会頭、川崎育造観光文化委員長、山中善和
市議、宮谷潤吉文化財保護委員ら大学生も混えて約80人
が「この目で古代の神秘を確かめたい」と参会した。
 本堂境内で、岩屋山を眼前に望みながら『古代都市尾
道のロマンを探求』している尾道大学の稲田全示教授が
ポイント解説した(写真)。
 冬至の日の太陽は「もうこれ以上、太陽が沈まない
(南下しない)という古代人を恐怖から救う日。尾道と
いう超権力(朝廷)がつくった古代都市(風水)は冬至
の日に岩屋上から真っすぐ陽が昇ってくるこの地点(千
光寺本堂の中央の欄干)に千手観音像を安置した。不思
議なことにこの本堂の後背にある巨岩が人工的に割られ
ており、この岩の隙間から岩屋山の上に昇る太陽が真正
面にみられる(写真)。
 そして、さらに不思議なことに、冬至の日の夕日は岩
星山にある同じような巨岩の割れ目の間に真っすぐ沈ん
でいく」と、尾道という町の生い立ちを神秘的に解説し
た。
 稲田教授はさらに「浄土は西国より千の光をもたらす」
という雄大なランドスケープで尾道という町はつくられ
ているとも話した。
 尾道三山が東から浄土寺、西国寺、千光寺で、三寺と
も岩屋山の方角を向いて建てられている。
 いずれも巨石・巨岩があり、千光寺にある鏡岩などは
陽光をそれぞれ西国寺、浄土寺へ向けて照らすようデザ
インされているという。
 この日は岩屋山の上に雲の層がかかり、御来光を仰ぐ
のが少し遅れたが、岩屋山の上の雲の向うから太陽がま
ぶしいぱかりのゴールドの光を放ちながら昇ってくると、
これが本堂の欄干と千手観音像と一直線に結ぱれている
のを目の当たりにし、「これはスゴイ」、「本当だ」と
千数百年の歴史の重さをそれぞれが感じたのか、下界と
は異なる浄土のような雰囲気を醸し出していた。
 稲田教授はまた「尾道という地は、古代日本の超ハイ
テクノロジーをもった地だった」と巨岩巨石の不思議に
も言及していた。
 古代都市尾道の謎と口マンはまた、尾道が有史以来日
本の『ものづくりの超先進地』であったことを、後世の
私達に教えてくれており、これを『尾道復活』の原点と
しなければならない。そういう意味でも、大変貴重で意
義のある「一陽来復」の行事であったといえる。
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