山陽日日新聞ロゴ 2003年1月1日(水)
全国ゆかり10の町で記念行事
  尾道では8月、上映会やトークショーを
小津安二郎生誕百年おのみち映画資料館館内の展示 小津安二郎コーナー
 『東京物語』など数多くの名作を世に生み出した小津安二郎
映画監督が今年、生誕百年を迎える。日本各地のゆかりの町で、
1年掛けて行事が繰り広げられるが、代表作『東京物語』(松
竹、1953年)の撮影地となった尾道でも8月、作品上映やトー
ク会などのイベントが開催される。親子や夫婦の人間模様、人
生の機微を描き、日本映画界の巨匠として世界に名を轟かせる
小津作品の再検証と語り継ぎが、盛んに行われる1年になりそ
う。
 小津監督は1903年12月12日、東京深川に生れ、小学
生の時に父親の古里・三重県松阪市に移り住む。この時期ハリ
ウッド映画『シヴィリゼーション』を見て、映画の道を志す。
同県飯高町の尋常小学校で1年、代用教員を務めた後、撮影助
手として松竹キネマ蒲田撮影所に入社。1927年に時代劇
『懺悔の刃』で監督デビューする。32年「生まれてはみたけ
れど」が高い評価を受ける。出征、捕虜生活を経験し、帰国後
には神奈川県茅ヶ崎市の旅館茅ヶ崎館で脚本を執筆、『晩春』
(1949年)や『麦秋』(1951年)、『東京物語』など、次々と
名作を発表した。
 『東京物語』は1953年8月に尾道ロケが行われ、女優原節子
や香川京子らが来尾したとあって、撮影当時の逸話は今でも多
く語り継がれている。監督は、白樺派の作家志賀直哉を強く敬
愛していたことから、小説「暗夜行路」の舞台である尾道を撮
影地に選んだと言われている。『東京物語』は、ロンドン国際
映画祭でサザーランド賞を受賞し、海外でも注目されるように
なった。
 晩年は長野県茅野市の蓼科高原の山荘で執筆、世界レベルの
評価が高まる中、癌により1963年、ちょうど60歳の誕生日に
他界した。北鎌倉の円覚寺に眠る。死後も評価は高まり、現在
も国内外の映画監督に影響を与え続けている。
 小津映画のゆかりの地の団体や全国のファンらで作る組織
「全国小津安二郎ネットワーク会議」(2000年設立)によるイ
ベントが今年、松竹株式会社との連携により各地で行われる
(別表)。尾道では、7月に生誕100年記念特別展がおのみ
ち映画資料館で、続く8月22日から24日まで、しまなみ交
流館で記念映画上映会とトークショー、さらにロケ地巡り会な
どがある。昨年、4回目となるネットワーク会議が尾道で開催
され、全国から会員40人が参加した。『東京物語』を上映し、
市民500人が鑑賞。「尾道で観る『東京物語』は別格」とい
う感想が聞かれた。
 上映作品は『風の中の牝鶏』(1948年)や『晩春』、『東京
物語』、『秋刀魚の味』(1962年)などを予定。トークショー
は、『東京物語』で助監督、後に林芙美子原作の『うず潮』を
監督している斉藤武市さん、『東京物語』に出演していた香川
京子さんを招きたい考え。尾道市では近く、市民による実行委
員会をつくり準備していく。
 「小津安二郎生誕100年記念プロジェクト」と名付けたイ
ベントを実施する松竹では、11月に東京国立近代美術館フィ
ルムセンターで、現存する監督作品37本の全てと、原作や脚
本で携わった作品を上映予定。12月には有楽町朝日ホールで
シンポジウム、また海外での映画祭やテレビでの作品放映、
DVDの発売、出版、大学での講座などが相次ぐ。

別表



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