山陽日日新聞ロゴ 2002年10月9日(水)
合併余聞
 昔は尾道市吏員の提灯があったのです
  
市章と提灯の関係は?
  
 市長の肝煎りで広く市民に周知を
尾道市の提灯
 1市2町の合併協議の進行に伴い、普段は全く気にしない、
議論になったこともなかった「尾道市の市章」にも関心が集ま
ったりしている。そんな折り、尾道市玄関ロビーの西側掲示板
に、1か月位前から見慣れぬ提灯が飾られ、訪れた市民が時折
り足を停める光景がみうけられる。
 提灯を製作した"発案者"は亀田市長その人。尾道市の"憲法"
とも言える「尾道市例規集」をめくると、なんと第1ページに
この提灯が記載されている。
 第1ページは「第1類通規」。第1章が通則で○徽章(きし
ょう)規則となっている。市制を施行した年明治31年の10月
14日議決。
 その第1条が「市ノ徽章ヲ次ノ如ク定ム」とあり、現在も使
われている「市章」について定めてある。
 同じページに第2条「市吏員ノ提灯徽章次図ノ如シ」と定め
ている。(図示)
 合併協議の中で、市章が議論の対象となり、就任以来初めて
と思われるこの例規集の第1ページを開いた市長は、市長用の
提灯が定められていたことにビックリ。
 「色も赤で、見ていると何処とはなしに市章とイメージがよ
く似ているので、市章と提灯とどちらが先か分からぬが、これ
は関連があるのではないかと思い、こういう機会(合併)に市
民によく知ってもらうため実際につくらせて展示することにし
た」と話していた。
 尾道市は広島市に次いで県下で2番目に市制を施行。尾道市
では「現在、県下においてはこのような例はなく、市の由緒と
歴史を今に伝えるものである。合併の機運が盛り上がる中、市
民への啓発をと掲出したもの」と説明している。
 尾道には古くから家紋入りの提灯があったことは明らか。天
野安治市文化財保護委員は「我が家に昔の提灯は残っていない
が、夜の火事などで市の関係者が現場に駆け付ける際には、電
灯が普及するまでは広く使われたのではないか」と話している。
 市製作のキャプションには、提灯行列に関わる説明を多くし
ている。
 先祖が尾道市にお勤めの方。どこかに提灯は残っていません
か?。

吏員(りいん)=地方公務員

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