山陽日日新聞ロゴ 2002年9月7日(土)
石切り場跡も
 高見小6年生が無人島探検第2弾
  下江府島のマップ作り
   地形測量し生物、植物を地図落とし
海岸で資料集めする子どもたち
 7月17日、手作りいかだで近くの無人島、下江府島に渡り原
始生活を満喫した向島町、高見小学校6年生24人。生憎の土砂
降りの雨で、予定していた島の地形測量や生物、植物調査は中止、
改めて5日午後、探検に乗り出した。
 この日は手作りいかだではなく、向島町漁協永井組合長のプレ
ジャーボートで下江府島に渡り、早速、地形測量班、生物植物班、
石切り場調査班と3グループに分かれ、下江府島を探検した。
 地形測量は江戸時代、全国を歩き日本地図を作った伊能忠敬の
用いた方法で、周囲400mの島の海岸線を巻き尺で測ると共に
コンパスと分度器で方角や位置を確かめていった=写真=。400分
の1の縮図を作るという。
 島に生息する魚介類や植物の調査隊。岩場でキレイな環境でし
か棲まないオオヘビカ、カメノテといった魚介類がおり、ふるさ
との海が汚れていないことを確認し、喜び合っていた。
 植物は桑の木や枇杷の木があり、何んで?と疑問を投げかけて
いた。戦前、江奥干汐地区は養蚕が盛んで、桑の種子が風に吹か
れ飛んできて自生したのではないかと推測していた。島には所有
者の永井組合長がみかんを栽培しているが枇杷も自生。黒松も群
生、しかし半分は松くい虫にやられ、枯れていた。
 島の南側は明治時代から終戦直後まで石切り場で広島市の広島
西練兵場の石垣などに供給。石切り場跡の絶壁の崖、海岸にも石
を切り出した跡の鋭角な断面が残っており、ノミとツチで掘り起
こしていた=写真=。
 地形測量を担当した青木君は「海岸線をまわって測量しました
が、思ったより難しかったです。でも、やりがいがありました」
と感想をのべていた。
 今後、縮尺400分の1の地図を作り、調査した海の生物、島
の植物、石切り場跡を地図に落とし、下江府島のマップを作ると
いう。
 亀川校長は「日頃の勉強を生かした無人島の探検で、来年以降
も卒業する6年生の良い思い出作りとあわせ、おこなっていきた
い」と話していた。

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