山陽日日新聞ロゴ 2002年5月26日(日)
陣幕会の松井さん案内人
 
格闘家の足跡を訪ねて
  2日朝9時、芙美子像へ集合
佐野甚十郎義忠の顕彰碑
 国技である相撲を愛好し、尾道ゆかりの第12代横綱陣幕久五
郎を敬愛し、地域社会で相撲道の発展に寄与することを目的とし
て98年4月に発足したのが尾道陣幕久五郎会(村上隆会長)。
いわゆる、陣幕久五郎会の骨太部分は会の目的だが、同会では骨
太だけではなく、地域社会に貢献する肉付けも忘れない。太くだ
けではなく大きく貢献しよう、汗を流すことにも頑張ろうが合言
葉。
 この陣幕久五郎会が「第8回尾道ゆかりの格闘家の足跡を訪ね
て」を6月2日の日曜日に開催する。〜中略〜(集合場所等)
尾道ゆかりの格闘家の武田物外(拳骨和尚)陣幕久五郎(第12
代横綱)大湊和七(力持ち和七)西郷四郎(姿三四郎)佐野甚十
郎義忠(新影流剣道師範)を辿る。
 格闘家の説明と案内人は、相撲研究家で日本相撲協会通で知ら
れている、お馴染みの松井三二さん。松井さんは尾道陣幕久五郎
会の幹事長。当日は歩きやすい服装で参加、雨天の場合は中止。

転載責任者メモ:実に色々な歴史の切り口があるものですね。
        
        物外(もつがい)和尚は1830年に済法寺住職に
        なり、力も武術が強かったという話とともに、
        長州征伐の仲裁を買って出たりという手紙など
        の記録があるそうです。
        また陣幕久五郎は1829年生まれ。年2場所しか
        なかった当時の相撲で7回優勝している記録を
        もつ"負けない横綱"だったとか。今でも「陣幕」の
        名前は継承されていますね。
        和七さんの姿は尾道を訪れた方なら見ているはず?
        御袖天満宮の石段を下りる途中に大きな石を持ち
        あげた像と説明があります。この石は力石。浜で
        荷役をしていた大人しい和七さん。その雇い主が
        自分の店の和七は御袖天満宮の55段の石段を30貫
        (200kg以上)の荷物を持って下りられる」と言っ
        てしまい、引っ込みが付かなくなって...

        参考文献 「尾道今昔」入船裕二著
             「尾道のむかし話」西原通夫著

        


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