山陽日日新聞ロゴ 2002年2月28日(木)
国際映画祭
 『待ち残し』とは評価を待つこと−
  『映画』を通じて古里語る
   九州臼杵と北海道夕張、そして尾道
伊勢さん、後藤市長、中田市長、大林監督
 (ゆうばり映画祭の続報)「故郷と映画」をテーマにしたフィル
ムコミッション・シンポジウムは、市民や映画誘致に関心のある
500人が参加して開かれた。パネリストは台湾の映画監督ホウ・
シャオシェンさんと大林宣彦監督、後藤國利臼杵市長、中田鉄治夕
張市長に、伊勢正三さん。それぞれ古里への思いを語った。
 伊勢さん=心の中にいつも大分の臼杵が浮かんでいた。大分には
福沢諭吉が出た中津、荒城の月の竹田など、良い町並みが多く残っ
ている。人々の心が時代の流れに犯されていないとでも言えようか。
それは、僕は1度古里を離れて東京で暮らして初めて気付いた。特
に海外でミュージシャンとセッションしていると、「お前のアイデ
ンティティーは何なのか?」と問い詰められた。海外に出て日本人
である自分を感じた。古里に関する唄をしっかり作りたいと強く思
った。自分の作った唄は、だれでも古里の情景を唄っているのだと
気付いた。曲を作る時、行き詰まると、自分の感性の"引き出し"は、
結局少年時代に行き着いている。『なごり雪』の映画は自分にとっ
てとても誇りである。
 (冒頭に司会者が、「臼杵という町を知っていますか?」と会場
に質問、数人しか手が挙がらなかったのに対し、今度は「尾道とい
う町を知ってますか?」と大林監督が質問。臼杵とは逆にほとんど
全員の手が挙がった)。
 大林監督=今から25年前には、尾道は今の臼杵と同じように、
ほとんど知られてなかったはず。それが映画の力によって随分知ら
れるようになった。
 映画も映画祭も『町興し』で流行ったが、本来は映画を通じて何
を考えるか、夢見るか、願うかが大事。尾道で撮ってきたのも、た
だ愛する古里を撮りたいだけではなく、町守りの戦いだった。美し
い風景は、賢い人人の暮らしの後ろにこそある。映画も単純に、古
く懐かしい風景を撮るのは間違い。その風景を守り、残し、活かし
ている勇気、これを後藤市長は『やせ我慢』と言うが、その風土の
精神をこそ撮らなくてはいけない。
 『なごり雪』は恋愛映画の中に、美しき古き良き日本の古里への
恋心を綴ってみたかった。臼杵では滅多にない雪に託して。そして
雪の物語を雪に囲まれた夕張からお披露目したいと考えた。
 町興しとしてのフィルムコミッションが成立しているのはほんの
僅か。文化とは分かりやすく言えば『古里自慢』、フィルムコミッ
ションとは、まさに我が古里を誇りとし、映画にしてもらう事がと
ても嬉しいという人達で支えなければ成立しない。臼杵も夕張もフ
ィルムコミッション宣言などしていないが、映画を撮ってもらえる
ことによってご褒美がもらえた。誇らしさを感じて欲しい。
 ホウ監督=8年前に初めて夕張を訪れ、印象に残った。心の古里
である。昨年夕張での『ミレニアム・マンボ』(カンヌ映画祭高等
技術委員会賞)の撮影につながった。
 中田夕張市長=人口12万人のうち99%が炭鉱の関係者だった。
今は夕張メロンで知られるが、当時の農民の所得は炭鉱労働者の5
分の1だった。『炭鉱であらずば人間にあらず、市民にあらず』の
時代だった。今は違う。『夕張メロン無くして夕張無し、映画祭無
くして夕張無し』である。映画祭を始めたのは、かつての夕張の生
活の中に映画があったから。今になって道知事はフィルムコミッシ
ョンなどと言い出しているが、私たちにとって50年前からやって
いること。亀井文夫監督の『女ひとり大地を行く』では、私は当時
市役所の庶務係だったが、撮影には炭鉱の場合、会社、市役所が一
体となって協力、お手伝いして作り上げた。その10年後には野村
芳太郎監督の『あの橋の畔で』のロケもあった。とっくに、この時
から夕張でのフィルムコミッションは始まっていた。
 私は映画を観て、参考にしながら政治をやっている。映画と夕張、
映画と町づくりというのは大変重要。炭鉱で人口が12万から1万
5千人に減ったが、私は人口を増やそうなどとは思ったことがない。
古里だから住みたい、という人だけに住んでもらえればいい。今住
んでいる市民は素晴らしい市民だと誇りをもって言える。
 後藤臼杵市長=都市には文明があり、地方には文明は無いが文化
が残っている、都市は『匿名性』、地方は『実名性』の場所。実名
性は住み難いが、背後には温かい人情がある。その実名性を守りな
がら良い町を作っていくことが町を守ること。『待ち残し』とは、
評価されるまで待とう、ということ。きっとだれかに分かって貰え
るだろう−と。大林監督に分かって頂いた。
 ところが評価を頂くと、困ることもある。それは、たくさんの方
に注目されると、これまでの日常性を無くし兼ねない。そうなると、
評価されたはずの1番いい部分を失ってしまう。評価の部分は多く
の方に見て頂き、知って頂きたいのだが・・・。実名性の困難さを
乗り越えることが古里を守るということだろう。



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