山陽日日新聞ロゴ 2002年2月24日(日)
ゆうばり映画祭
 
小さな町 "蓄積"の力が花咲く
  新作『なごり雪』で大林監督語る
伊勢正三さん、大林監督、須藤温子さん、後藤市長
(続報)ミュージシャンの伊勢正三さんと大林宣彦監督のコラボレ
ーションで生まれた新作映画『なごり雪』(111分、大映配給)が、
北海道の「ゆうばり国際映画祭」に招待され、初上映された。これ
から4月中旬には、舞台でロケ地の大分県臼杵市で1週間にわたっ
て先行ロードショー、続いて大分県内、秋には全国で劇場公開され
る。
 大林監督にとって21世紀初の映画作品とあって、市民や道内の
ファンだけでなく東京、大分からマスメディアも駆けつけるなか舞
台あいさつが行われ、小松澤陽一さん(映画祭チーフプロデューサ
ー)が「この時代、私達が必要としている『凛』とした映画を大林
監督は作られた」と紹介。それぞれが次のように作品に込めた思い
を語った。
 大林恭子プロデューサー「3年前に大分県と臼杵市と出会い、
そして臼杵市長、臼杵市民と出会い、いろんな出会いの中で幸せに
製作出来た。日本の唄、日本の古里、昔からの優秀な映画監督によ
って積み上げられた日本映画に対しての私達の恋心を込めて作った。
撮影2日目にニューヨークのテロがあって、一時は撮影を止めよう
かと悩んだが、でも平和に何か役立つならば映画を作ることが私達
にとっては一番だと思い撮影を続けた」。
 後藤國利臼杵市長「昨年3月に初めて監督夫妻にお逢いし、そ
れまでは臼杵で映画などとは夢にも思っていなかった。監督はこの
町にはまだ『正気』が残っていると言われ、素晴らしい映画を撮っ
て頂いた。監督はじめ映画を作る人は凄い、映画を楽しむ人も凄い
んだ、と改めて感じながらここ数ヶ月、映画の周辺を漂わせてもら
った」。
 新人女優でヒロイン役の須藤温子さん(98年全日本国民的美少
女コンテストでグランプリ)「今年春卒業する高校3年生の18歳
です。臼杵は皆さん温かく、撮影の時には町全体で協力頂いた。ゆ
うばり映画祭も似ています」。

 美しい日本語もう1度
  伊勢さん古里の駅が心象風景
 大林監督「伊勢さんが28年前に古里の駅で作られた『なごり雪』
。実は唄の内容は東京の物語だが、でも私も、古里尾道の人間、田
舎で育った人間は世界を夢見る、田舎の自分の居る場所でいろんな
都会や世界の国を夢見て、その憧れが物語になっていくもの。だか
らきっと、伊勢さんも古里の駅でこの唄を作ったに違いないと確信
して映画を作った。『今 春が来て 君はきれいになった 去年よ
りずっと きれいになった』という素敵な日本語の唄。この唄を原
作にするならば、美しい日本語をもう1度編み出してみたいと思っ
た。昔の回想シーンを映像処理ではなく、俳優さんに協力頂いて言
葉で再現した」。
 伊勢正三さん(映画のモチーフとなった名曲「なごり雪」の作者)
「『なごり雪』はもうぼくの手を離れたものだと思っていた。僕の
大切な50歳の年に、まさか自分の所に帰ってくるとは思っていな
かった。一所懸命に生きていれば良いことがあるのだと実感した。
作ったのは21歳の時に東京のアパートだったが、当時僕の古里の
駅のホームが心象風景の中に浮かんできて離れなかった。友達や親
との別れがたくさんあって、自分にとって知らないうちに悲しみが
蓄積されていたと思う。映画を観て『なごり雪』という唄は悲しい
唄なんだと気付いた。自分の中ではもう、とっくに悲しみを克服し
ていたと思っていたので驚いた。辛く悲しかったことも自分の音楽
の財産になっていたのだと分かった」。
 大林監督「日本の高度経済成長期、この唄が生まれて今日までの
28年、僕たちは多くのものを消費して生きてきた。でも本当に大
切なことは『蓄積』。悲しみでさえ蓄積されると大きな力になる。
大切なものを少しずつでも蓄積していこう。高度成長期の中から置
き忘れられたようなこの夕張、臼杵という小さな町が、28年蓄積
してきたものがどれだけ大きな力を持っていたのか、今誇ることが
出来るのが嬉しい」。


転載責任者メモ:関連サイトへどうぞ
        「なごり雪」公式ページ

        「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭」
        (「REPORT」の中に詳しく出ています)

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