山陽日日新聞ロゴ 2001年12月27日(木)
「玉浦詩話」
 称賛。早くも若手研究者に読み継がれる
  奇跡ともいうべき秀作
   入船裕二氏出版記念祝賀会で披露
入谷教授、入船さん、日暮・和作忌協賛会員(魚信で)玉浦詩話 表紙
 菅茶山、頼山陽、梁川星巌ら200年前に尾道を訪れた当代一流
の文人墨客らが残した「漢詩」を通して200年前の尾道を再現し
ようとした「近世の尾道を漢詩に見る−玉浦詩話」(入船裕二著)
が、これまた当代一流の我が国の権威者の間で『絶賛され、極めて
高い評価』を得ていることが、25日夜、尾道市久保2丁目魚信で
開かれた入船裕二さん「玉浦詩話」出版記念祝賀会の席上、関係者
からの手紙を披露する形で明らかにされた。78歳の入船裕二氏
(尾道市文化財保護委員)は、「次は橋本竹下(豪商)。すでに次
作に取り掛かっている」と新たな挑戦を宣言。高齢時代の"牽引者"
として、ここにも「文化都市尾道」の看板を一身に背負って頑張る
"お年寄り"の姿が在る。
 西山俊作慶応大名誉教授は、会議所百年史の編纂以来の縁がある
が、他は玉浦詩話の序を書いた入谷仙介・島根大名誉教授の人脈・
紹介による。
 席上、入谷教授から手紙を寄せられた6氏について、1人ずつ紹
介があった。手紙の趣旨は次の通り。
〔村山吉広・早稲田大学名誉教授〕
 尾道にこんなに多くの文人が足跡を残し、名詩を作っていたこと
を改めて知りました。御地の歴史をしみじみと理解できました。漢
詩の訓読も大変きれいで読んでいて気持ちよくなりました。ご高齢
にもかかわらず雅致あふれるこのような御作品を出版になられ敬服
のほかありません。
〔一海知義・神戸学院大学教授〕
 小生の若い女性の友人に田能村竹田の研究者が居り、彼女に紹介
したところ、たいへん興味を示し、小生の手許から貴書を拉致、読
みふけっているようです。
〔石川忠久・桜美林大学教授〕
 尾道を中心に有名詩人の交友が明らかになり、たいへん有益な著
述と存じます。よく拝読の上、参考にさせていただきます。
〔日野竜夫・京都大学教授〕
 漢詩は、今の時代には興味を持ってくれる人が少なく、ましてや
中国の杜甫、李白ならともかく、日本の漢詩となりますと、専門の
国文学者でもあまり関心を持たない分野になっております。そうい
う趨勢の中で御高著のような書物が出現しましたことは、少し大袈
裟にいえば奇跡ともいうべき出来事で、感謝の念を抱きます。
〔西川俊作・慶応大学名誉教授・『尾道商工会議所百年史』の監修
者〕
 財間先生の存在自体、驚異でありますが、その御示唆、励ましに
応えて、この御本を3年でおまとめになった貴台のエネルギーにも
驚嘆、まことに有難う存じます。
〔福島理子・帝塚山大学専任講師〕
 驚くほど沢山の尾道にまつわる詩人と人が実に愛情をこめてご紹
介されることにより、生き生きと蘇ってくるのを楽しませて頂きま
した。何よりもまた、先生ご自身のご記憶やご覧になったもの、お
聞きになったことをまじえて御教え頂けるのが有り難く、こうした
形で書き留めなければ、時の流れとともに風化してします事も多い
でしょうし、貴重な記録と存じます。
 御地には玉蘊さんと茶山や山陽との合作も数々残っているのです
ネ。これも板本の詩集を読むだけでは知ることのできない楽しみで
した。
 先だって尾道に伺った折りに、近世の文人達が御地に心惹かれる
理由を感ずることができました。懐かしく拝読させて頂きました。
学生の中に福島五岳のことを調べている者がおりますので、彼女に
も御本を拝読するよう勧めようと思っております。
『伝えたい』という情熱
 入船氏のエネルギーに敬服するだけ

 出版記念祝賀会は、啓文社の手塚弘三さんの司会で、まず入谷教
授が挨拶。池田明子さん(玉蘊研究家、今年度の広島文化賞受賞)
の紹介で入船さんを知ったが、その人柄や尾道の歴史や文化に造詣
が深いというだけでなく、広く市民や全国へ向けて、それを知って
ほしいという情熱が凄い。今回の出版だけでも大変なことなのに、
本人はすでに次はと橋本竹下の詩集を手がけている。このエネルギ
ーには敬服するだけ。おしまいがないので楽しみ。私も末永くお手
伝いしたいと、師から敬愛あふれる賛辞が送られた。
 池田明子さんは、ひと言でいえば尾道文学史に燦然と輝いている。
平田玉蘊が生きた時代の文化人のネットワークなどが埋もれたまま
だったが、この本で今蘇り、将来にわたって語り継がれることにな
った。次の作品からは、先生はロマンチストなので我々にも読み易
い新体詩風の読み下しにしてくださいとリクエストした。
 入船さんは、財間八郎先生の発案、命令からこの本が出来たのに、
本日姿が見えないのだけが残念(寒さのため招待することを遠慮し
た)。改めて尾道という町が大変な町だったことに驚いている。
 山陽道随一の繁華の町で、文人墨客は尾道に勇んで来ており、ま
たそれを受け入れるものがあった。江戸は百万都市で世界一。三原
や福山、広島などの城下町はいわば武士階級の町。大阪は商人・職
人の町で武士はたったの3%しかいなかったといわれているが、尾
道は人口一万人で武士は1%。、100人もいなかったはず。それ
だけ自由闊達な町であったから文人墨客も喜んで来た。豪商、職人、
商人の町で富裕かつ自由であり、玉蘊のような女性が生まれたと、
玉浦詩話の背景に尾道商人の力があったことを語った。
 乾杯の挨拶で亀田市長は、先の12月議会での一般質問に言及し
た後、今後ますます活躍されるので、先生と一緒につくった「文学
のこみち」(JC時代)の中に、入船先生の漢詩も加えなければな
らなくなるどうと締め括った。


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