2001年9月4日(火) 石原善三郎翁の13回忌 |
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昭和天皇がなくなり、平成に入ったその年、9月6日、満百才で 逝去した"ホラ善"こと故石原善三郎翁の13回忌法要が3日午前、 久保2丁目、尊光寺で生前、故人と親しかった約50人が参列して しめやかに執り行われた。 平成元年は青山俊三元市長も逝去、戦後の名物市長が相前後して、 黄泉の国に旅立った。 善三郎翁が眠るお墓は尾道大橋、第2尾道大橋を間近に望む小高 い丘にある。食糧事情に乏しい終戦後間もない昭和21年、尾道と 向島に橋を架けようと提唱、向島との合併を目論んだ。その壮大な 構想から"ホラ善"のニックネームが付けられたが、20年余、尾道 大橋が実現、約50年後の今日、合併の暁が見えようとしており、 その先見性は高く評価されている。 尾道という枠をはみ出した勇壮希有な存在だった。 [写真は尾道大橋、第2尾道大橋を望む小高い丘に眠る石原善三郎 翁の墓] |