山陽日日新聞ロゴ 2001年5月16日(水)
有縁の人が下見に
 運命的出会いで「スベリ込みセーフ」
 故郷に路郎が錦を飾り感激
  大阪から次女や弟子がひと足早く
路郎碑の前の関係者
(続報)「七夕まではとても待てぬ」とばかり、尾道出身の川柳六大
家の一人麻生路郎の五女西村さんと川柳塔社名誉主幹の橘高薫風さん
の2人が14日午後来尾。尾道市文学公園内に設置された「麻生路郎・
葭乃句碑」を訪れた。1才数か月で向島に里児に出され、就学年齢に
達して大阪に連れ戻されるのを幼少の身でかたくなに拒否した路郎が
その百年後に 生まれ故郷に錦を飾ることが出来、それぞれ感無量の
思いで喜びと感謝の気持ちを述べあった。
 橘高、西村さんの2人は午後3時すぎに現地に到着。尾道的に路郎
を発掘した元市議の島本さん、市文化財保護委員の畠中さん、シルバ
ー観光ガイドの高垣さんが同行、現地で観光文化課の花本課長補佐ら
が出迎えた。
 岡山産の桜御影石を使った句碑は縦横ともに約1メートル大。夫婦
の川柳はともに自筆のものが刻まれており、市内の多くの碑の中でも
「これは極めて珍しい」(島本さんの話)という。
 西村さんは路郎が里児に出された向島の地が望める一等地に建立さ
れたことを、ことのほか喜び「7才になって大阪へ連れ戻されるのを
拒否し、11才まで(向島で)頑張った。よっぽど尾道が好きだった
んでしょう、本人もさぞかし喜んでいるでしょう」と喜びを素直に語
っていた。
 橘高さんは「俺に似よ俺に似るなと子をおもいの句は、大正15年
7月11日に鳴尾の遅日荘で開かれた柳壇会で路郎先生が発表された
川柳。その前日が先生の誕生日で、おそらく誕生祝いで一杯やりなが
ら、奥さんの葭乃さん相手に上機嫌の先生がつくられたものに違いな
い。私は先生と1日違いの7月11日生まれ。弟子の私の誕生日にこ
の句が世に出たということにも何か運命的なものを感じないわけにも
いかず、こうして皆さん方とのご縁が出来、句碑が立派に完成したこ
とも先生のお引き合わせ以外には考えられない」と句碑を両手で撫で
ながら感慨一入(ひとしお)といった表情。
 葭乃さんの「飲んで欲し やめてほしい酒を注ぎ」の句についても、
もう1度よく調べてみたいと話していた。
 西村さんは「島本さんが田辺聖子さんの本を読んで、父が尾道出身
と知り、それから八方手を尽くして追跡調査していただいたのが今回
のキッカケ。もし島本さんという方がいなければ父と尾道の今回のご
縁はなかった」と手を合わさんばかりに礼を述べ、島本さんも「本当
に滑り込みセーフ、ぎりぎりのところで間に合った」と苦労が結実し
た喜びを語っていた。
 一昨年、隣地に建立された歌人山下陸奥の歌碑ともども「説明板」
がなく、書が読めない若い層向けにも簡単な分かりやすい解説が必要
ではないか(詳しくは碑の裏面を)という指摘がされた。
 百周年文学フェア関係では、「月形半平太」の行友李風一人のみが
碑がないが、畠中さんは「8月に図書館で行友李風をやりたい。貴重
な本が手に入り、スライドも用意する。次は李風ですと関係方面にお
願いしている」と熱い思いを語っていた。
 麻生路郎の顕彰と同時に、5市文学交流で尾道発の川柳の全国公募
にまで発展。橘高さんはその審査員をつとめており、その選句が6月
22日に尾道で予定されている。これら全てが『路郎の縁』として、
関係者の喜びをより一層大きいものにしている。


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