山陽日日新聞ロゴ 2001年5月12日(土)
祥月命日の「七夕」に
 向島が望める志賀直哉旧居下広場に
  麻生路郎句碑の除幕式 
   没後36年、出身地尾道で顕彰成る
岡山県久米南町の弓削駅前の路郎句碑前にて
 尾道出身で川柳六大家の1人、麻生路郎の句碑が完成し、没後36
年目の祥月命日にあたる7月7日に、尾道市東土堂町の文学公園
(志賀直哉旧居下広場)の現地で、遺族らも出席して除幕式がおこ
なわれることになった。句碑建立実行委員会では、この建碑を記念
して同日、尾道市で川柳大会を開催し、師恩を偲びつつ、師の足跡
を刻み込むことで出身地における顕彰を明確にすることになった。
 7日(土)午前11時から現地で除幕式。麻生路郎・葭乃(よしの)
句碑は、5月7、8の両日をかけてすでに設置され、序幕を待つば
かりとなっている。
 「俺に似よ俺に似るなと子をおもい  路郎」と「飲んで欲し
やめてもほしい 酒を注ぎ  葭乃」の夫婦一句ずつ。
 選句は川柳塔の橘高氏や路郎の五女の梨里さん、地元世話人の島
本氏らが相談の上、路郎の代表句と酒豪の夫を思う妻の気持ちがよ
く表れているこの句に決まった。
 句碑の裏面は次の通り。
 『麻生路郎先生は本名幸二郎。明治21年現尾道市十四日元町に生
まれる。長じて生来の剛直と熱情を以って現代川柳の社会化と質的
向上に尽力。「川柳は人間陶冶の詩である」と標榜、「いのちのあ
る句を創れ」を提唱し、個性豊かな多数の門下生を育成された。
 昭和十一年「専門家なき世界は発展せず」と職業川柳人を他に先
駆けて宣言、先覚的指導者として川柳六大家の最年長筆頭者に挙げ
られる。
 麻生葭乃先生は、大正三年路郎先生と結婚。最大の理解者として
生涯、路郎先生と共に斯界の発展に尽くされた。
 このたび門下生と両先生の遺徳を慕う有志相寄り、路郎先生生誕
の此の地に比翼連理の句碑を建てて偉業を賛仰する』。
 平成十三年七夕
 〜中略〜(遺族や建立関係者氏名)
 句碑建立の場所選定にあたっては、遺族の想いを大切にし、尾道
市が全面的に協力した。路郎は幼いころ向島に里児に出されており、
対岸の向島が一望できる同地に決まった。
 亀田市政になって、民間の主導、行政の全面的な協力による建碑
が相次いだ。
 歌人中村憲吉、怪傑黒頭巾の高垣眸、緑の地平線の横山美智子、
歌人山下陸奥と百周年文学フェアで顕彰した文学関係者の建碑が実
現、今回の句碑建立はこれに次ぐもの。
 林芙美子、志賀直哉については「文学のこみち」で、すでに整備
されている。文学フェア関係でいえば、残りは「月形半平太」の行
友李風一人となった。
 大阪などから300人近い参加者が
  市と川柳塔主催で川柳大会

 続いて7日午後1時から、市公会堂別館で「麻生路郎・葭乃句碑
建立記念川柳大会」が開かれる。
 主催者を代表して亀田市長、橘高名誉主幹の2人が挨拶。
 (社)全日本川柳協会会長の仲川たけし氏と地元の島本実夫氏が
祝辞。日本一の川柳の町の岡山県弓削から濱野奇童。弓削川柳社代
表が講話をする。
 午後2時から入選句の発表と表彰。
 事前投句は「踊る」(河内天笑選)で、6月10日消印有効で葉
書に2句まで。尾道市観光文化課宛て。
 当日句締め切りは午後0時半。各題2句。欠席投句拝辞。
 「晩酌」(西出楓楽選)▽「似る」(木下草風選)▽「道」(小
林由多香選)▽「海」(八島白龍選)▽「情熱」(石原伯峯選)で、
いずれも路郎と尾道ゆかりの題になっている。
 会費2000円(記念品、軽食、発表誌呈)。川柳塔本拠地の大
阪駅から日帰りで貸し切りバスが出る。
 大阪、弓削や広島、竹原など近隣からだけでも300人近い参加
があり、盛大な路郎師の供養になるものとみられている。


 

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