山陽日日新聞ロゴ 2000年12月19日(火)
長江口の発掘で

 鍛冶施設の一部を検出
  堅く焼き締まった石組み遺構など
長江口の石組み遺構
 現在工事が進んでいる「長江口ゆとりの広場」の公衆便所の新築工
事にともなって、工事を開始する前の今秋、尾道文化財協会埋蔵文化
財部は同場所の発掘調査、鍛冶施設の一部と思われる遺構など検出し
た。すぐ西側には、かつての鍛冶屋町があるが、それとは直接関係は
ないという。
 調査は9月中旬、市教育委員会の宮本一輝・文化財愛護指導委員が
中心になって4日間行なわれた。調査面積は12平方m、地表面約
2.6mの深さで掘った。
 結果、調査区内の西側隅から、被熱によって堅く締まった黒色の砂
質土層(炭化層)の上に、2つの石を平面L字型に組んだ石組み遺構
(=写真上)を検出。調査区内にさらに展開していると推定されたが、
全貌は明らかには出来なかった。石組み遺構に接して、「ふいご」
(鍛冶炉に空気を送る装置)の管、土製の羽口断面(直径6.5cm、
内径3cm、=写真下)と鉄の塊=鉄滓(てっさい)を見つけた。石組
みを覆っていた土や検出面が炭化物を多く含んで堅く焼き締まってい
たことから、鍛冶施設と判断できた。出土遺物から15世紀後半から
16世紀初頭にかけてのものらしい。
 「当時は鍛冶工場のようなものではなく、家内工業的に鍛冶が行な
われており、小さい施設が町内単位ぐらいであった。すぐ近くには、
近代以降栄えた鍛冶屋町があるが、これに結び付くことは考えられな
い」(宮本さん)と話している。
 他には土師質土器の皿が10点をはじめ、すり鉢、火鉢片、古銭
「政和通寶」などコンテナ3箱分の遺物が出土。また今回工事で取り
壊された消防元町分署庁(1960年建造)を地下で支えていた木製の基
礎杭(長さ7m)も発見された。同場所の地下水は塩分を多く含んで
いるため、鉄の杭よりも木の杭が使われたという。

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