山陽日日新聞ロゴ 1998年7月23日(木)
 尾道への強い思い『あの、夏の日』に
  百周年に 文学、絵の町そして映画の町へ
 (その1)
「あの、夏の日」記者発表 集合写真
 尾道市から亀田市長も出席して東京丸の内の東京会館で開かれた大林宣彦監督の
新尾道三部作・第三作『あの、夏の日』の制作発表には、100人を超える報道陣が
集まり、作品への関心の高さを示した。終了時に監督が、「これまでのどんな映画
にもない充実した制作発表になりました」と話すように、作品内容や出演者の話題
にとどまらず、監督の思いがゆっくりと語られ、故郷でありロケ地となる『尾道』
がそこはかとなく称えられる内容となった。当日、翌日の新聞、テレビで早速大き
く取り上げられ『大林映画の故郷・尾道』がこれまでになく、全国にPRされた。
 記者会見場に掲げられた映画の題名『あの、夏の日』の文字の下には、−尾道市
政100周年記念映画−と記され、尾道に対する制作者側の強い思いがこんな所に
も見てとれた。
 大林監督を中心にスタッフ、出演者16人が勢揃い。芥川保志プロデューサーは
「元気が出る映画、子どもと大人が一緒に見て心温まる映画を作りたい。亀田市長
がどうしても100周年を記念して文学の町から映画の町・尾道を全国に、世界にう
たいたい、と昨年から奔走されました」。
 大林恭子プロデューサーは「『転校生』、『さびしんぼう』に続いて原作の山中
恒さんとご一緒させて頂き嬉しいです。監督の故郷尾道が100周年という事で、
より心意気を大きくしています。小林桂樹さんには、せっかくの夏休みを返上して
頂いて、おじいちゃん役をお願いしました。楽しみながら素晴らしい作品にしてい
きたいです」。
 「大林作品とは切っても切れない尾道から出席−」と紹介された亀田市長は「尾
道は多島美の中で美しい場所にあります。来年は四国への橋が全通します。その中
で市になって100年、人口10万の町で市政100年という町は他にありません。
小さくても価値のある町です。監督にぜひ記念映画をと御無理を申しました。ロケ
を手伝う"てごう"の会をつくり、市民を挙げてバックアップします、文学の町から
絵の町、そして映画の町。いろんな顔を持っています、ぜひ一度おいで下さい」。
 原作「とんでろ じいちゃん」の作者、山中恒(ひさし)さんは「同じ監督に4
回も原作を映画にしてもらえ、こんなうれしいことはない。『転校生』の時には本
当に幸せな原作者にしてもらいました。尾道三部作、新三部作の6本のうち、3本
も私のをやってもらいました。今回も幸せな原作者になれるよう、応援します」。
 脚本家の石森史郎さんは「ある日、監督から電話が掛かってきて、『石森さん一
緒に仕事をやろう。僕、60歳になったんだ、だから一緒にやろう』といわれた。
『青春デンデケデケデケ』は私が
60歳の時の作品、そして今回は監督が還暦。何か
不思議な縁です。監督と本を一緒に書かせてもらえるとは、シナリオライター
にと
っては冥利です。名前を並べて頂き嬉しいです。尾道には美味しいものがたくさん
あります。ぜひ尾道へ行ってみて下さい」。
 大林監督は「今日はWカップサッカーの決勝戦じゃないかと思うぐらい集まって
頂きました」とあいさつ。出演者を1人ずつ紹介しながら、ゆっくりと以下のよう
に思いを語った。
大林監督「もっと考えようよ」
 尾道は私の故郷です。子どもの頃から尾道でたくさんの8mmや16mmの映画をつく
ってきました。商業映画では『転校生』が18年前になります。この頃ちょうど日
本は高度経済成長期で、日本中を観光客が右往左往して駆け抜けて、地方の町がと
ても活性化していきました。しかし尾道は歴史のある古い港町で、海の時代には大
変発展しましたが、それが陸の時代になって落ち零れまして、訪ねる人も少なくな
っていった時代です。
 よその町に負けまいと、尾道も「町づくり」という名の「町こわし」が始まりま
した。私が少年時代すごした素晴らしい風景がどんどん新しいコンクリートに造り
替えられていく、桜の木が折られて彫刻になっていく。これが失われていいのだろ
うかと思いまして、古い昔のままの尾道を撮影することで、尾道の皆さんに愛して
いただけると思い、『転校生』をつくりました。
 だから『転校生』では私の大好きな、ひび割れた瓦や崩れた土塀や歩きにくい細
い坂道ばかりを撮りました。出来上がって尾道の人に見て頂いたら、「どうしてこ
んな尾道の恥部ばかり撮ったのか」と騒ぎになりました。「ちょっとは絵はがきに
なる風景もあるのに、これじゃー観光客にも来てもらえないな」と。でも上映され
ますと、全国から旅人が1人、2人と訪ねてくれるようになりまして、決して観光
バスを連ねて来るような観光地じゃないですが、人が列をなして歩くという映画の
町になりました。私の尾道が開発という名の破壊に襲われることを1日でも食い止
めたかったので、大いに時代に逆行しました。
 それから20年近く、心の豊かさが求められる時代になって、日本の多くの町が
古い良さを失った中で、尾道はまだ残っています。そして亀田市長が市民に向けて、
「開発の名のもとに壊すことは止めよう。古い町を雑巾掛けして大切にしよう」と
呼び掛けました。尾道の映画が1つの価値を持って21世紀を迎えることが出来ます。
 私が100周年に合わせて尾道に贈った言葉があります。「文明の尻尾になるよ
りは、文化の頭たれ」です。確かに尾道は昔、文明の頭でした。それがどんどん落
ち零れて、今や文明の尻尾にぶら下がっていようとするんですが、日本はあまりに
も発達し過ぎた文明のために、日本中が大切な心を失ってしまいました。今こそ必
要なのは、最先端の新しい文明ではなく、古い歴史をもった深い時代にある文化で
す。素晴らしい資産をもった尾道の中で、今や他の町が失った古いものをもう1度、
その大切さを描いてみようと思います。
 この映画にはフナやドジョウが獲れる小川が出てきますが、現実にはそんな川を
見つけるのは至難の業です。尾道中、広島県中探しましたが、川は護岸されていま
した。そんななか、技術を使って古き良き小川を再現します。
 新しい橋が四国まで架かります。これも素晴らしい文明の成果ではありますが、
同時に私たちを海や島から遠ざけていく部分もあります。私たちはこの作品で言い
たいことは「もっと考えようよ」ということです。「ボケているといわれるぐらい
考えてみようよ」と、「結論をすぐ出しちゃいけないよ」と。今の日本はすぐに結
果を求めます。結果は情報になるからです。しかし小さな結果に拘ることは、どれ
ぐらい私たちの心、豊かな時間の流れを失ったことでしょう。
 時間を止めてでも何が一番幸福なのかを考えようという映画の中で、新しく出来
る橋も、現実は見事な文明の成果としての姿で登場させますが、おじいちゃんの目
には、やはりこの海には橋はないんです。昔ながらの尾道の海が見える。そういう
古い良さを愛する気持ちがあればこそ、その橋を上手に使う知恵が生まれるのでは
ないかということ。私の自慢の故郷が行き過ぎた文明のために壊れるのではなく、
文化とのバランスを上手にとって快適であたたかい故郷であって欲しいのです。尾
道を描くことで、愛する日本そして地球全てに願いを託した映画づくりです。
 私は単なる「ノスタルじいさん」じゃありませんので、昔は良かったというノス
タルジーの気持ちがあるのなら、昔良かったものを次の時代にきちんと残して伝え
ようと言いたい。
 子どもたちに、あんな大人になりたいなぁという大人が今、いるんでしょうか。
順番にこの世の中を生きてゆくわけで、少なくても大人の私たちは、あんな大人に
なりたいと思われる何かをやらなくてはと思います。ボケたといわれるおじいちゃ
ん役の小林さんと子どもの厚木君。こんなに曖昧で、訳が分からない時代になった
のは、大人が責任をもって意志表示をしなくなったからです。だからこの映画では、
私たちは現役の大人として、現役の子どもたちと一緒に映画を作
ろう、いや現役の
子どもと一緒に、ベテランの子どもである私たちが一緒に考えてみようと思ってい
ます。


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